「このヘビ(の縫いぐるみ)を映して、カメラをゆっくりと上に動かしモーガン(・フリーマン)を捉える。彼は椅子を前後に揺らし、外を眺めている……」と、流ちょうかつ丹念な演出を手掛けたのは、『ゴーン・ベイビー・ゴーン』で監督デビューを果たしたベン・アフレック。彼が初監督作に選んだ題材は、地元ボストンを舞台にしたデニス・ルへイン の犯罪小説「愛しき者はすべて去りゆく」。少女失踪事件をめぐり、探偵、警察、麻薬の売人らさまざまな人間たちが絡み合い、アメリカに巣食う深刻な社会問題が浮かび上がる本作は、カウンセラーとして長年児童虐待に関わってきたという原作者デニスの実体験に基づいている。「故郷のボストンで現実味のある映画を撮りたいと思った」と、土地に対するこだわりを強調するベンは、主人公である探偵役に18年間ボストンで過ごし土地の事情を熟知している弟のケイシー・アフレック を抜てきしたほか、ボストンに住む一般人を多く起用。そのかいあって、ボストンの中でも特にすさんだドーチェスター地区のまがまがしい空気がリアルに伝わってくる。
監督と主演俳優が兄弟だけによほど通じ合っているのか、主人公の探偵パトリックにふんしたケイシー・アフレックの演技が素晴らしい。表情を変えずに淡々とセリフをしゃべる彼のひょうひょうとした雰囲気が、観客の視点となる人物、いわば狂言回しとしてうまく機能している。そのほか、今後の作品にも共通している点だが主人公に揺さぶりをかける脇役のキャスティングの妙も、ベンアフ監督作品の重要なポイント。かつて幼い娘を亡くした過去を持つ警部ジャック役のモーガン・フリーマン 、「正義」をめぐってパトリックと対立するレミー刑事役のエド・ハリス 。いるだけでスクリーンに迫力が出る、そんな筋金入りのベテラン二人の圧倒的な存在感に支えられた作品とも言える。
そして、圧巻なのが観る者によって解釈の分かれるラスト。「この物語は“正しいこと”をする難しさを伝えている。正しいことが裏目に出ることが多々あるんだ」とベンが語っている通り、少女失踪の衝撃的な真実の果てに待ち受けるラストでは、誰もが重い問いを突き付けられるはずだ。「正義」のあり方に悩み抜いた末にパトリックが下した決断は、果たして正しかったのか……? 白黒の判断がつかない、そのやりきれなさこそが本作の狙いでもある。麻薬、児童虐待といった社会的問題を提起しながら、普遍的なテーマに落とし込んだ構成の見事さが、万人に受け入れられた要因ではないだろうか。
少女の失踪事件をめぐって二転三転するストーリー展開にグイグイ引き込まれる『ゴーン・ベイビー・ゴーン』
Miramax/Photofest/ゲッティイメージズ
失踪した少女の母親を演じたエイミー・ライアンは、アカデミー賞助演女優賞ノミネートを果たした
Miramax/Photofest/ゲッティイメージズ
Rotten Tomatoesの評価(アメリカの大手映画批評サイトでの好評価のパーセンテージ)
評論家:94% ユーザー:84%
監督第2作は、チャック・ホーガン の小説「強盗こそ、われらが宿命」が原作の『ザ・タウン』 。第1作『ゴーン・ベイビー・ゴーン』と同様、舞台はボストン。プロの強盗集団のリーダー、ダグが、押し入った銀行の人質と恋に落ちたことから足を洗う決意をするが、その先には数々の障害が……と、はっきり言ってストーリーは「いかにも映画」だが、主人公ダグをはじめ殺伐とした日常を生きる人々のキャラクター描写や、銀行強盗、輸送車強盗、球場での警察との攻防戦などアクションシーンが緻密に練られており、全編すさまじい緊迫感に満ちている。それもそのはず、冒頭の銀行強盗は「ハーバード・スクエア強盗事件」、中盤の輸送車強盗は「ノースエンド輸送車強盗事件」という実話に基づくもの。ベンはFBIコンサルタントやFBI強盗対策班の元隊員、元強盗犯(!)に協力を得て、銀行強盗の手口を徹底的にリサーチ。例えば、DNAを残さないよう手袋、漂白剤を使うといった鮮やかなプロのテクニックを見ていると、まるで“強盗講座”のよう。
この作品では、ベンは監督だけでなく主演も兼任するド根性を発揮。強盗用の骸骨のマスクをつけて「アクション!」とカメラを回す様子は、はたから見れば笑ってしまうかもしれないが、本人は大真面目。共演者には『ハート・ロッカー』 でアカデミー賞候補になって以来人気急上昇のジェレミー・レナー 、ピート・ポスルスウェイト 、クリス・クーパー らベテラン勢に加え、「MAD MEN マッドメン」のジョン・ハム 、「ゴシップガール」のブレイク・ライヴリー らテレビドラマ界のスターも起用。ライヴリーは、「ゴシップガール」のきらびやかな生活を送るセレブ役から一転、マスカラのにじんだ麻薬中毒のシングルマザーにふんし、見事な化けっぷりを披露している。また、これが遺作となったピート・ポスルスウェイトの怪演も見もの。花屋を隠れみのにタウンを牛耳るボスという、ウソみたいな役柄に有無を言わせぬ説得力をもたらしたのは、まさに名優のなせる業だ。
レッドソックス・ファンのベンをはじめ、キャストたちが大喜びしたのが野球ファンの聖地フェンウェイ・パークでの撮影。「フェンウェイ・パークでの撮影は、マット・デイモンとエキストラで出た『フィールド・オブ・ドリームス』 以来。観戦以外で球場に足を踏み入れられてワクワクしたよ!」と興奮する反面、球場での撮影許可をとるのは相当ハードルが高かったとか。しかも銃撃戦というのもあって、球場側は「血みどろになるのでは……」と心配したものの、ベンの熱意と誠意に安心したのか、2週間のみ空けてくれることになったという。最後の大仕事に臨むダグ率いる強盗集団と、FBIとの攻防戦では、76口径や22口径の大きなライフル弾を使用し、総弾数8,000~1万発に及んだ。ここで大活躍するのが、SWAT並みの銃の腕前を誇るジェレミー・レナー。ベンいわく「あまりうますぎてもダメだから、レナーには少し下手に演じてもらった」そうで、火薬の臭いがしそうな臨場感あふれるこの銃撃戦を、「大掛かりな撮影で期間は17日間。何があっても続けるしかない状況で、すごいプレッシャーだった」と振り返っている。
日陰者の人生を送ってきた主人公と、ピュアな女性銀行員との切ないロマンスも見ものの『ザ・タウン』
(C)Warner Bros./ゲッティイメージズ
主人公を追い詰める執念深いFBI捜査官を、テレビドラマ「MAD MEN マッドメン」でブレイクしたジョン・ハム(写真左)が好演
(C)Warner Bros./ゲッティイメージズ
Rotten Tomatoesの評価
評論家:94% ユーザー:83%
第3作では「ボストンでばかり撮影するステレオタイプな人間と思われたくない」と、1979年に起きたイランのアメリカ大使館人質事件を題材にした実録サスペンス『アルゴ』を完成。テヘランの過激派グループが、52人の人質を取りアメリカ大使館を占拠する混乱の中で、その場を逃れカナダ大使の家に潜伏した6人のアメリカ人の救出作戦。それは、映画のクルーを装ってイランから脱出する、いちかばちかの大芝居だった……! ベンは、本作でも監督と主演を兼任し、大使館員6人を救出するCIAエージェントのトニーを好演。「そんなのムチャだ」と尻込みする上司と大使館員たちの信頼を得て心を一つにしていく姿は、スタッフとキャストを束ねる監督としての彼の才覚を彷彿(ほうふつ)させる。
彼が、この歴史的大事件において特に興味を持ったのは、「僕等の国(アメリカ)は、中東各国の主導権について口を出すほど情勢を理解しているのか? という疑問を提示すること」。そういった国際問題を提起しつつ、ハリウッドを痛烈に皮肉ったユーモアで笑いを誘う。例えば、ニセ映画の企画に思いつめるトニーに、アラン・アーキン 演じる大物プロデューサーが「映画監督なんてサルにもなれる」と毒舌で笑わせたかと思えば、映画クルーを装ったトニーと大使館員たちが空港で出国手続きをするシーンではとことんハラハラさせる。ジョン・グッドマン 、アラン・アーキンら芸達者な渋メンのキャスティングに加え、サスペンスとコメディーを交錯させた緩急自在の語り口が見事で、第3作にきて映画のスケール、そして演出もカメラワークも格段にレベルアップした。「ハンディカムでたくさん映像を撮りたい」「一コマを二つに切って、粒子を荒くすることで距離を感じさせるような外国の映像を作った」「CIAのシーンではアナモルフィックの映像を使うことを思いついた」といった、撮影手法の追求に意欲的であることも特筆すべき点だ。
ハリウッドで辛酸をなめ尽くしてきたベンは、マスコミから「映画監督に進出し、低迷期から見事復活!」ともてはやされても冷静。「最新作がよくできていれば、みんなに『最高だね!』って声を掛けられるけど、そうじゃなかったらパーティーに行っても無視される。昔、マット・デイモンとよく言っていたのは『何かがうまくいかなかったら、自分たちで作品を作ればいいんだ』ということだった」と、初心を振り返っている。1作失敗すれば、すぐさま淘汰されるのが世の常だが、そんな中で「映画監督」としての道を開拓し、着々とキャリアを築いていったベンの熱意には、誰もが圧倒されたハズ。「いずれは監督に転向するつもりなのか」という問いには、「監督と俳優、両方やるのが好きだから当分はそのスタイルを続けるつもり」とのこと。今や「第二のイーストウッド」とも称されるベンの、さらなる快進撃に乞うご期待!
映画『アルゴ』は、10月26日より全国公開
『アルゴ』で、ニセ映画クルーのふりをしてイラン脱出の作戦を立てる主人公たち
『アルゴ』を撮影中のベン・アフレック。最も好きな監督に『バベル』のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥを挙げており、本作ではイニャリトゥ作品を手掛けたカメラマン、ロドリゴ・プリエトが参加している
(C) 2012 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
Rotten Tomatoesの評価
評論家:95% ユーザー:95%
文・構成:シネマトゥデイ編集部 石井百合子
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