サードシーズン2013年2月
私的映画宣言
3月公開の『ジャンゴ 繋がれざる者』の取材でニューヨークへ。タランティーノは相変わらず、よくしゃべる。映画も面白かったけれど、背後に彼の深い映画愛があることを改めて痛感。
●2月公開の私的オススメは『マーサ、あるいはマーシー・メイ』(2月23日公開)に加え、『ムーンライズ・キングダム』(2月8日公開)がお薦め。
ゴールデン・グローブ賞授賞式に出席。会場内はもちろん、トイレとか、喫煙用のパテオとかで素に近いスターたちを見られたのは貴重な経験。ジェニファー・ローレンスが意外に長身でびっくり。トビー・ジョーンズも映画の印象より大きくて、さらにびっくり!
●2月公開の私的オススメは『横道世之介』(2月23日公開)。
2013年1発目の取材が、『横道世之介』の沖田修一監督。何とも映画作りを楽しそうに語る福々しい表情に、ご利益をもらった気になった。
●2月公開の私的オススメは、当然『横道世之介』(2月23日公開)と、『世界にひとつのプレイブック』(2月22日公開)
この原稿がアップされているころには寒い日本を脱出してつかの間、南の島へ……となっているといいな。
●2月公開の私的オススメは(2月23日公開)、『マーサ、あるいはマーシー・メイ』『世界にひとつのプレイブック』(2月22日公開)も捨て難いけれど、お気に入りはイギリスの俳優陣の共演が楽し過ぎる『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』(2月1日公開)で!
きいろいゾウ
「ムコさん」「ツマ」と呼び合う若い夫婦の姿がママゴト風でかわいいなあなどと思っていたら、それが延々と続くのだから、見終わってドッと疲れた。夫婦間の問題の表面化がドラマを動かしているのだが、「フツー、その手のことは結婚前に卒業するのでは?」というような問題であるのが大人の観客にはつらい。今どきの若い夫婦って、こんな感じなのか? メルヘンとして見る分には納得がいかないでもないが、それでも2時間を超える尺は長過ぎる。
うーん、どうしてこうも日本の映画やドラマは「トラウマを抱えた人」というのが好きなんだろう。そりゃ誰だって心に傷の一つや二つはあるだろうが、新たな人生を歩む決意をして伴侶を見つけたのに引きずられ過ぎ。ちょうど、病んだカップルが自力で、暴れながら立ち上がろうとするアメリカ映画『世界にひとつのプレイブック』を観たばかりなので、なおさらそう思う。最近、けなげに夫を支える役が多かった宮崎あおいが久々に見せた黒い部分は新鮮だったけど。
宮崎あおい(ほぼノーメイクのシーンも!)と向井理の2ショットは、やけにスッキリ爽やか。濃厚なラブシーンでも、どこかサラッとした感触で、バックの田舎の風景も強い色が抑えられたパステル調。日常から懸け離れたファンタジーのような肌触りが心地よく、主人公カップルが抱える秘密の「黒さ」がなかなか見えてこないのは、作品自体の狙いなのかも。その分、映画のムードを変える、後半のあるシーンが強烈! この時点で二人の苦悩に寄り添えるかどうかが、本作の好き嫌いの分岐点か。
勢いで結婚した夫婦がトラブルを乗り越えて、互いの絆を深めていく。ストーリーに新味がない上に、動植物と話ができるというドリトル先生みたいな妻が、夜になると夫と夫婦の営みをやっているという何ともアンバランスな描写。演じる宮崎と向井から妙に淫靡(いんび)な空気が漂い、見てはいけないものを見たような戸惑いを最後まで払拭(ふっしょく)できず……。田舎の古民家での暮らしもすてきすぎ。ファンタジックな原作の世界観を重視しているのだろうが、生々しい問題を描きながら、ぜーんぶオブラートに包む。そんなキレイ事じゃ済まないよ。
原作未読で予備知識がほとんどない状態で鑑賞。「ムコさん」「ツマ」と呼び合う夫婦や木々や動物たちの声が聞こえるといった独特の世界観になじむのにかなり時間がかかってしまった。で、これはこういうものなんだなと何となく受け入れることができたと思ったら、ムコさんの過去が何だか唐突に明かされ、それがまた怒とうの展開で置いてけぼりに……。どんな夫婦像もあり得ると思うけど、この映画の二人から何か心に響くものを感じ取るのは難しい。
ゼロ・ダーク・サーティ
911全米同時多発テロの首謀者にしてテロ組織アルカイダの指導者、ビンラディンの殺害計画が題材のサスペンス。CIAの女性分析官の姿を通し、全世界を驚がくさせた同作戦の全貌を描き出す。メガホンを取るのは、アカデミー賞で作品賞などを受賞した『ハート・ロッカー』のキャスリン・ビグロー。『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』などで注目のジェシカ・チャステインが、狂気にも似た執念でビンラディンを追跡する主人公を熱演。リアル志向のアクションやドキュメント風の映像も見ものだ。
[出演] ジェシカ・チャスティン、ジェイソン・クラーク
[監督] キャスリン・ビグロー
『ハート・ロッカー』が狙いを定めて投げた快速球だとしたら、キャスリン・ビグロー監督が今回放るのは、どこに飛んで行くのかわからない剛速球。オフィスや戦場の圧倒的な臨場感に震えつつ、きれい事だけではなかったビンラディン暗殺の秘密に打ちのめされる。ビグローの演出は出来事を積み重ねることに終始し、そこから観客それぞれが受け止める作り。拷問描写に関して「事実と異なる」という横やりが入ったが、裏を返せばそれは本作のリアリティーが強烈であることの証明。受け止めると、かなりヒリヒリする。
キャスリン・ビグローらしい。ビンランディンを追い詰めたヒロイン物語ではなく、彼女もまた、戦争という狂気の中で理性を失うある種の犠牲者として描いているように見えた。彼の殺害を命じた彼女の決断は是か非か? それはいまだに議論の的となるが、作戦の中で仲間を失い、彼女が復讐(ふくしゅう)に固執していくさまはすさまじく、危うく同情しそうになる。しかしいまだアルカイダのテロ行為が続いている現実を見ると、これはあまりにも苦い映画でどう受け止めていいのか正直わからないでいる。
ビンラディン捕獲作戦はあくまでも設定であって、この映画が訴えてくるのは、報復は報復を呼ぶのが人間のサガという、悲しい事実。キャスリン・ビグロー監督の魂が乗り移ったかのように、ビンラディン捜索に悲壮なまでにいちずになるジェシカ・チャスティンが終盤、そんな映画のテーマを代弁するかのように、うつろで曖昧な表情を見せる一瞬がある。自分がやったことは正しかったのか? その疑問は、アメリカ自体に向けられたかのようで、監督の反骨心にノックアウトされた。
ジェシカ・チャスティン演じるCIA女性分析官が、ドラマ「HOMELAND」のクレア・デインズの役どころをちょいパクリ気味。とはいえ、一見ヤワそうな女子が10年の困難を経て、男顔負けのことをやらかすところが痛快。ハードかつシリアスな内容にもかかわらず、間口の広いドラマになっている。ビンラディン捕縛作戦は、「忠臣蔵」の赤穂浪士の討ち入りっぽく、暗闇での襲撃シーンは臨場感たっぷりで前のめり気味に。ただあまりにリアルで興奮という言葉よりも、目指すボスキャラの顔も知らずに殺す兵士たちに戦慄(せんりつ)する。
面白く観たし力作だとも思う。特にクライマックスの力強くスリリングなシークエンスに、キャスリン・ビグローは改めて肝の据わった監督だなあと感心しきり。一方で主人公の女性が一連のミッションの過程において具体的にどう貢献したのか、任務への執着度合いなども伝わりにくく、話が進むにつれてキャラクターに矛盾を感じてしまう点が残念だった。それに伴い、結局のところは感情論に陥ってしまう展開にも個人的には納得しかねた。
マーサ、あるいはマーシー・メイ
サンダンス映画祭監督賞を筆頭に、各国の映画祭で称賛を集めたサスペンス・ドラマ。カルト教団のコミューンから逃走を図った女性が、そこでの異様な体験を思い出すうちに妄想と現実の間をさまよっていく姿を見つめる。主演はテレビドラマ「フルハウス」などで人気を集めた双子のアシュレイ、メアリー=ケイト・オルセン姉妹の妹であるエリザベス・オルセン。精神的に追い詰められていく主人公を繊細かつリアルに演じ切り、本作で映画デビューしたとは思えぬほどの風格を見せつける。メガホンを取るのは、新鋭ショーン・ダーキン。
[出演]エリザベス・オルセン、ジョン・ホークス
[監督]ショーン・ダーキン
カルト教団による洗脳の恐ろしさを伝える作品ではあるが、それがより深いレベルに届くのは構成の妙のおかげ。ヒロインに何が起きたかを明かす「過去」のパートはミステリアス。一見、温和な教祖や幹部の暴力性がチラチラと見えるたびにゾッとさせられる。一方で、教団から逃げ出したヒロインと姉夫婦の「現在」のパートは緊迫感十分。理解し合えず、許容されないほどの溝が浮き彫りにされ、打ちのめされてしまった。血のりよりも怪物よりも、怖いのは人間であることを再認識。
米国のサスペンスやホラーは幽霊なり異常者なり、何者かが攻撃を仕掛けてくるのが常だが、恐怖は人間の心が生み出すものであるという真理を突いているのがこれまでにない視点で、海外では評価されたのだろう。ただ日本人にとっては身近で連合赤軍やオウム真理教など、志の高い人たちが偏った教義に導かれて暴走していく事件に接してきただけに、彼女がカルト教団にとらわれるシーンがちと弱い。彼女たちの暮らしぶりが魅力的に見えないんだな。エリザベス・オルセンは体を張って頑張った。
1年以上前の全米公開時に観たのだが、いまだに思い出すと心のざわめきがよみがえる。どのシーンが現在で、どのシーンが過去なのか。一瞬、わからなくなる、その不思議な感覚が、ざわめきの要因。何だか、観ながら酒に酔っていく感じ……。平然とした表情で奇行を見せるエリザベス・オルセンもいいが、それ以上に、カルト教団のリーダー役、ジョン・ホークスの「カリスマ性のなさ」に戦慄(せんりつ)を覚えた。知らず知らずに相手の心をとりこにするのは、こういう男なのですね。
自分から脱走したはずなのに、現実世界に戻ったら、カルト集団で身に付いたルールや言動がつい出てしまう。心ここにあらずの目の演技と、豊満なバディーを惜しげもなくさらしながら、マインドコントロールされた主人公の尋常ならざる心理状態を体現するエリザベス・オルセンが素晴らしい。カルト集団の実態や、それに傾倒する若者の病理にも言及しながら、スリリングでホラーの要素も十分と一口で2度、3度以上のおいしさの詰まったサスペンス。唐突に観る者に託す結末に、好き嫌いは別れるだろうが、個人的には好き。
サイコ・サスペンス的な要素があるとは予想しつつも、想像以上に「怖い」映画だった! カルト集団から抜け出したばかりの人間の内面をここまでリアルに体感させてくれるとは。前後する時間軸と主人公の揺れる気持ちが奇妙にシンクロして、悪酔いしたような感覚に陥りつつも目が離せない映像世界にすっかり魅了された。編集の巧みさにうなる。生々しいエロスとイノセントな雰囲気が混在するエリザベス・オルセンも、あらがい難い魅力。