第71回:『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』『マジック・イン・ムーンライト』『セッション』『インヒアレント・ヴァイス』『シンデレラ』
今月の5つ星
アカデミー賞の賞レースをにぎわせた『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』『セッション』、古くから親しまれているおとぎ話を実写化した『シンデレラ』、ウディ・アレン監督がコリン・ファースとタッグを組んだ最新作『マジック・イン・ムーンライト』など春のイチオシ作品をピックアップ!
『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』
全編1カットと見まがうカメラワークにのまれる
第87回アカデミー賞で作品賞を含む最多4冠を獲得した本作は、ヒーロー映画「バードマン」シリーズで一世を風靡(ふうび)したものの、その後はパッとしないキャリアの俳優が、再起を懸けてブロードウェイの舞台に挑むさまを描いたブラックコメディー。妄想と現実が交錯する構造の中、実人生と重なる役柄を演じる主演のマイケル・キートンに、観客は思わず映画と現実の境目を考えさせられるだろう。そうした境界線の曖昧さを支えているのは、全編1カットと見まがう天才的なカメラワークだ。寸分の狂いも許されない中でそれぞれ存在感を放つエドワード・ノートン、エマ・ストーンらの演技も必見で、画(え)作り、音楽などあらゆる要素で観客の感覚に刺激をもたらすアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督の演出には脱帽せざるを得ない。かつてのヒーローが本当の意味でヒーローになろうとするヒーロー映画でありながら、ブロードウェイの舞台裏を描いたショービジネス映画、エスプリの効いたセリフの応酬が小気味よいコメディーとしても楽しめる傑作にして、イニャリトゥ監督の代表作になること間違いなし。(編集部・吉田唯)
映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』は4月10日より公開
『マジック・イン・ムーンライト』
人生におけるマジックを信じたくなる大人のためのファンタジー
ウディ・アレン監督の新作は、彼が多くの作品で取り上げてきた“マジック”をテーマに、1920年代のコート・ダジュールで皮肉屋なマジシャン・スタンリーと天真爛漫(らんまん)な占い師・ソフィが繰り広げるロマンチックコメディー。人生を悲観する言葉をまくし立てるスタンリー役のコリン・ファースが、背格好も違うのに『ミッドナイト・イン・パリ』(2011)に主演したオーウェン・ウィルソンに続きウディにしか見えないのが不思議。風光明媚(めいび)な景色も目に楽しいが、本作の一番のチャームポイントはスタンリーとソフィ(エマ・ストーン)、そしてヴァネッサおばさん(アイリーン・アトキンス)の一か所にとどまっての洒脱(しゃだつ)な掛け合いで、それがセリフのないラストに昇華されるさまは見事。監督の分身というべきキャラクターがソフィとの出会いで人生に喜びを見いだしてくように、人生におけるマジックを信じたくなる、大人のための良質なファンタジーだ。(編集部・市川遥)
映画『マジック・イン・ムーンライト』は4月11日より公開
『セッション』
満身創痍の主人公が見せるラスト9分のセッションが圧巻
撮影当時28歳の新人監督による低予算映画でありながら、本年度アカデミー賞で作品賞を含む5部門にノミネート、うち3部門で受賞を果たした超話題の本作。何といっても注目は、助演男優賞に輝いたJ・K・シモンズの恐ろし過ぎる鬼教師っぷりだ。シモンズふんする名門音楽大の教師フレッチャーは完璧な演奏を実現することに取りつかれ、体罰やパワハラが問題視されるこの時代にドン引きするほどの方法で主人公たち、そして観る者までをも徹底的に追い詰めていく。しかし、その方法が正しいかどうかは別として、一流と呼ばれるようになるのはスパルタ教育があってこそなのだろうか。精神的、肉体的にボロボロになりながらも、フレッチャーが目指す極みへとはい上がろうとする主人公がラスト9分で見せる圧巻のセッションを目の当たりにすれば、自分の中にも「やってやろうじゃねえか!」と謎の闘志が燃えてくること間違いなしのアツい映画だ。(編集部・中山雄一朗)
映画『セッション』は4月17日より公開
『インヒアレント・ヴァイス』
登場人物のだめっぷりに自分の欠点さえもいとおしくなる
ポール・トマス・アンダーソン監督と『ザ・マスター』でもタッグを組んだ俳優ホアキン・フェニックスが、天才作家トマス・ピンチョンの小説「LAヴァイス」を原作に作り上げた作品。『インヒアレント・ヴァイス』とは「物事に内在する欠陥」を意味する言葉であり、そのタイトルが示すように、この作品には大事な時にラリってしまうヒッピー探偵・ドックをはじめとする欠陥のある登場人物しか出てこない。そしてドックが元カノ・シャスタの失踪捜査を進めるごとに出てくる登場人物たちは、捜査の糸口を与えるどころか、より複雑にしていく。そんなカオスな展開をどう収束させるのか期待し過ぎると、最後のあっけなさに拍子抜けするかもしれない。だが、誰もが欠陥を抱えているがゆえにチャーミングで、いかに登場人物たちのだめっぷりに笑わせてもらったかに気付いて、何だか自分の欠点も少しだけいとおしく思わせてくれるような作品だ。また、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドの音楽はもちろんのこと、日本人なら笑わずにはいられないシーンが多くあるのも本作の見どころ。(編集部・石神恵美子)
映画『インヒアレント・ヴァイス』は4月18日より公開
『シンデレラ』
意地悪な継母の意外な一面に、変容した現代女性像を見る
名作童話「シンデレラ」をディズニーが実写化。イギリス演劇の基礎の一つとされるシェイクスピア劇に造詣が深いケネス・ブラナー監督は、本作で奇をてらうことなく、ドラマに必要とされる人物の葛藤や起承転結を丁寧に描き、ハッピーエンドに向かって突き進むまさにお手本のような映画に仕上げており、古くからのファンも安心して観られる一作に仕上げている。さらに劇中に登場する豪華な衣装や美しく輝く魔法を支えるVFXがより“おとぎ話”感を増幅させ、「夢のようなひととき」を実現。またシンデレラの父親と再婚する継母はこれまで意地悪な部分ばかりがクローズアップされてきたが、今回演じているケイト・ブランシェットが、彼女の抱えている悲哀や苦しみを(シンデレラ役のリリー・ジェームズを食わない程度に)絶妙に醸し出しているところも、昔と比べて女性のイメージが変容した現代だからこそ描写できたように思われる。(編集部・井本早紀)
映画『シンデレラ』は4月25日より公開