第36回 国内部門と国際部門を分けて年2回開催の波紋 ファジル国際映画祭(イラン)
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第36回 国内部門と国際部門を分けて年2回開催の波紋 ファジル国際映画祭(イラン)
イランが誇るファジル国際映画祭(テヘラン)が第33回大会となる今年から、新たな挑戦を始めました。自国民を対象にする国内部門と、海外ゲストを招聘(しょうへい)する国際部門に分けて年2回開催に。国際部門(4月25日~5月2日開催)に参加し、新たな門出を見守った映画祭コーディネーターの相原裕美さんがレポートします。(取材・文:中山治美 写真:相原裕美)
政権交代が映画祭に影響?
ファジル国際映画祭は、イラン映画の振興を目的に1982年からスタート。1979年のイスラム革命勝利を記念して、2月11日の記念日に合わせて毎年2月に開催。国内コンペティション部門は“イラン版アカデミー賞”とも称され、マジッド・マジディ監督は『父』(1996)と『少女の髪どめ』(2001)で最優秀作品賞を受賞。アスガー・ファルハディ監督『別離』(2011)は作品賞や監督賞など7部門を制した。
今年からは、国中が盛り上がるイラン映画の祭典は2月に残し、4月の国際部門では、「ワールドシネマ」部門やイスラム圏とアジア映画に特化した「イスラミック・アンド・アジアン・カントリーズ・シネマ (イースタン・パノラマ)」部門という二つのコンペティション部門を設置し、海外の招待客を多数招聘(しょうへい)。イラン映画のみのマーケットも併設し、国外へのイラン映画のアピールを積極的に行っている。この変革には、前大統領のマフムード・アフマディネジャドが、政権批判をした自国の映画監督を次々と弾圧し、世界の映画人から非難を浴びたという経緯があり、2013年に政権交代したハサン・ロウハン大統領によるイメージ回復作戦ではないかと憶測されている。「わたし自身はバイヤーではないのですが、今回はイランとの共同製作の企画もあるため、日本在住でイラン映画のプロデューサーで通訳としても活躍しているショーレ・ゴルパリアンさんの紹介で、マーケットに参加することになりました。ただ、今年からマーケットの責任者となったマリアム・ナジブさんに取材したところ、国際部門は運営母体が変わり、かつ準備期間が短かった上にカンヌ国際映画祭直前の開催とあって、海外ゲストの招聘(しょうへい)には、なかなか苦労をしたようです」(相原さん)。
日本映画は1本のみ
日本から参加した作品は、「ワールドシネマ」部門に選出された篠崎誠監督『SHARING』のみ。篠崎監督は過去、『おかえり』(1996)の出品やコンペティション部門の審査員など4回同映画祭に参加となじみがある。しかし、今回は所用で参加できない代わりに主演の女優・山田キヌヲが現地入り。舞台あいさつや会見を行った。「ただ行われたのは、プレスやバイヤーのみが観賞可能の業務試写。一般観客と触れ合う機会がなかったのは、ちょっと残念に思いました」(相原さん)。最優秀作品賞は、昨年のアジアフォーカス・福岡国際映画祭でも上映されたリッチー・メータ監督『シッダルタ(英題)/ Siddharth』が受賞。『SHARING』は賞を逃した。
ほか今年は、1月に亡くなったイタリアのフランチェスコ・ロージ監督(享年92)のレトロスペクティブや、イランの巨匠アッバス・キアロスタミ監督の映画スタイルを受け継いだ若手監督の短編上映とワークショップ「キアロスタミ・スタイル・アンド・ワールド・シネマ」も開催。イランの顔として、映画祭を盛り上げていた。
イラン映画290本!
映画祭は国際色豊かなラインナップとなったが、今年で第18回を迎えたフィルムマーケット部門はイラン映画オンリーで、紹介されたのはアニメやドキュメンタリーも含めた長・短編290本。世界70か国、約100人のバイヤーが参加し、日本からも配給会社2社が参加していた。「日本で上映されるイラン映画はアート系ばかりで年に数本ですが、アニメーションも含めてこんなに製作されているのかと驚きました」。相原さんのオススメは、バーラム・タワコリ監督『アイ・アム・ディエゴ・マラドーナ(英題)/ I am Diego Maradona』(2015)。2月のイラン版アカデミー賞で作品賞ほか11部門にノミネートされ、助演男優賞(フーマン・セイディ)と最優秀録音賞を受賞した話題作だ。「いろいろと問題のある男が家族と繰り広げるファミリードラマです。登場人物全員がずっとしゃべり続けていて、会話を全部理解できたら、さらにその面白さがわかったようですが、お国柄が出ていて、その文化の違いが日本人にとっては新鮮でした。ちなみにタイトルにあるマラドーナは出てきませんが(笑)」(相原さん)。日本に上陸する日を期待したい。
また 今年から初の試みとして、2010~2014年のイラン映画全305作品が視聴できるビデオライブラリーを設置。「今後は2010年以前の作品も含めてアーカイブを増やし、イラン映画の幅広さを海外にアピールしていきたいそうです」(相原さん)。
充実の映画ミュージアム
相原さんは4月27日から現地に入り、計7日間滞在。航空代と宿泊代は映画祭側の招待だ。イランはイスラム法により、女性はヒジャブ(スカーフ)で頭髪を覆うことが義務付けられており、それは観光客でも同じ。飲酒も禁止だ。「とはいえイスラム圏でも、映画祭のパーティーなどではお酒が提供されるのですが、ファジルはそれもなし。わたしたちはノンアルコールビールで代用しましたが、おかげで1週間も休肝できました」。
映画祭の合間には、ショーレ・ゴルパリアンさんの友人でもあるアボルファズル・ジャリリ監督の自宅を訪問したり、イラン映画ミュージアムにも足を延ばした。「ミュージアムが本当に立派で、イラン映画史はもちろん、イランの著名監督それぞれのコーナーや、日本で紹介されたイラン映画の展示も。テヘランを訪れたら、ここは必見です」(相原さん)。
来年への課題は多し
国内部門と国際部門を分断させるという決断をした同映画祭。しかし相原さんは、その試みが果たして有効なのか? という疑問を掲げる。「イランの映画監督と海外の監督なり製作者たちが触れ合う機会がなく、国際映画祭の魅力の一つであるお互いが刺激を受けて高め合うという状況が作れないのではないでしょうか? また、映画祭本体とマーケット会場も離れているので、こちらも交流が難しい。実際、マーケットに参加していたわたしは、なかなか映画祭会場へ行く機会が持てませんでした。今年は試しに分断してみたものの、イランの映画人たちからも疑問の声が上がっており、授賞式でも副大臣が問題点を指摘。来年に関しては、まだ白紙状態のようです」(相原さん)。
今回の問題点が来年にどう生かされるのか。同映画祭の変容を見守りたい。
写真:相原裕美
取材・文:中山治美