ハリウッドの異端児!映画に全てをささげた男、ロバート・アルトマン
今週のクローズアップ
世界三大映画祭で最高賞、さらにアカデミー賞名誉賞を受賞してこの世を去ったロバート・アルトマン監督は、マーティン・スコセッシ、ウディ・アレンと並んでアメリカを代表する映画監督だ。そのアルトマン監督の人物像に迫るドキュメンタリー『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』が10月3日に公開される。多作の上に、そのジャンルが多岐にわたっている中で、特に名作とうたわれているアルトマン監督の主要作品を紹介したい。(編集部・石神恵美子)
反骨精神むきだし!究極の戦争ブラックコメディー
『M★A★S★H マッシュ』(1970)
ベトナム戦争の泥沼化によってアメリカ政府への不信感が高潮した1960年代後半から1970年代にかけて、暴力や性行為などの過激な描写で、国の抱える矛盾を暴くかのような作品が次々生まれた。そしてそれは、それまで夢を売ることを第一としてきたハリウッド映画に対し、「アメリカン・ニューシネマ」と呼ばれるムーブメントとして広まった。そんな「アメリカン・ニューシネマ」の代表作としてよく挙げられるのが、アルトマン監督の『M★A★S★H マッシュ』だ。
リチャード・フッカーによる小説を基に、朝鮮戦争における移動野戦病院に補充された三人の医師が、やりたい放題大暴走する姿を描くブラックコメディー。戦争映画なのに戦闘シーンは全く出てこず、“ホット・リップス”とあだ名を付けられてしまう上官看護師へのいたずらなどは度を超す一方で、その合間に入る彼らの手術シーンはスプラッター映画並みに血がほとばしる生々しさというカオスっぷりには狂気すら感じられる。
アルトマン監督作の特徴といえる、ワイドショットや、多数の登場人物の中、ある人物だけにズーム、型破り的な登場人物たちによる会話のオーバーラップ、そしてアドリブ演技の多用といった手法もすでに確認できる。同作でアカデミー賞監督賞にノミネート、カンヌ国際映画祭ではパルムドールを受賞し、アルトマン監督の出世作となった。
男が憧れる、1970年代のハードボイルド大傑作!
『ロング・グッドバイ』(1973)
イギリスを代表する探偵キャラクターがシャーロック・ホームズならば、アメリカを代表するのはアメリカ人小説家レイモンド・チャンドラーによって誕生したフィリップ・マーロウだろう。本作は文学界に大きな影響を与えたマーロウが主人公のシリーズの中でも、傑作との評価が高く、日本では村上春樹が翻訳したことでも知られる小説が原作。謎解きよりも、登場人物の人間的側面を描くハードボイルドの代表作だ。
原作ファンが多い上に、マーロウといえば『三つ数えろ』(1946)ですでに同役を務めたハンフリー・ボガートのイメージが強かった中で、アルトマンはエリオット・グールドを主演に迎えて1970年代のマーロウを見事に描き出した。ハンフリー演じるマーロウのようにトレンチコートにハットで決めるわけでもなく、天然パーマでスーツをラフに着こなし、ネコを飼っているのがエリオット版マーロウだ。
冒頭から、決まったブランドのキャットフードしか食べない飼いネコに振り回されるという具合に、マーロウが取った行動によってその人となりを伝えていく。周りに流されず、自分の信条に従って行動するマーロウは男が憧れるかっこよさを体現しており、松田優作をはじめ男性ファンが多い。『スター・ウォーズ』シリーズなどの音楽を手掛け、5度のアカデミー賞に輝いている映画音楽の第一人者ジョン・ウィリアムズによる心地よい楽曲に加え、登場人物たちの背景に映り込むきれいな夜景なども印象的だ。なお、今となっては大スターのアーノルド・シュワルツェネッガーが、ギャングの手下というチョイ役で出演していたりする。
映画史にその名を刻んだ群像劇
『ナッシュビル』(1975)
群像劇の名手とも冠されるアルトマン監督の代表作といえば、カントリー&ウエスタン音楽の聖地であるナッシュビルを舞台にした本作だ。大統領選挙キャンペーン中に、ナッシュビルに集まった24人の男女に起きた5日間の出来事を描く。
最近では、映画評論家・町山智浩が日本アカデミー賞作品賞などに輝いた青春群像劇『桐島、部活やめるってよ』(2012)の解説で本作に言及したことが記憶に新しい。同作が登場しない桐島をめぐって繰り広げられる物語であるように、本作では大統領候補者ハル・フィリップ・ウォーカーの演説が宣伝カーから流れるシーンで始まり、ウォーカーのための資金集めと野外コンサートの準備が物語の背景にあるものの、彼が劇中に現れることはない。
そして、一流のベテラン歌手から、歌手志望だが絶望的に音痴なウエイトレス、男性ミュージシャンを追い掛けるのに忙しい女、目立ちたがり屋のBBCラジオリポーター、女ったらしのロックスターといった具合に、かなりクセのあるキャラクターたちが私利私欲に走る様が俯瞰(ふかん)的に切り取られていき、最後の最後でコンサート会場に集った彼らが現代のアメリカにも通ずる衝撃的な事件を目撃することになる。
登場人物が多く、彼らの歌唱シーンが長く続くこともあって、途中で脱落してしまう人も多いようだが、皮肉にもアメリカ的といえる事件で収束を迎えていく結末を見届けてほしい一本だ。アメリカ社会の縮図として、ナッシュビルという町が作品の主人公なのだということがわかるはず。
後味の悪い白昼夢のよう…アルトマンの描く女性の神秘
『三人の女』(1977)
アルトマン監督作品の隠れた名作といえば、『三人の女』だろう。アルトマン監督作の常連であり、後にスタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』に出演するシェリー・デュヴァルと、ブライアン・デ・パルマ監督による『キャリー』で超能力少女を演じたシシー・スペイセクという二大ホラー女優が共演するというだけでも注目に値する本作。
カリフォルニアにある砂漠の町、パームスプリングスを舞台に、ミリー(シェリー)と、彼女の勤務先である老人リハビリセンターに新入りとしてやって来たピンキー(シシー)がルームメートになり、さまざまな出来事を通して変化する関係を描く。気取り屋のミリーは職場で浮いた存在だったが、うぶなピンキーにとっては憧れの対象であり、ミリーのようになりたいと異常な執着心を見せるピンキーの行動は、誇張されながらも女性の特性をよく捉えている。
ある出来事をきっかけに二人のパワーバランスが大逆転するなど劇的なストーリー展開を迎えるにもかかわらず、物語の整合性を失うことがないのも見事。そしてその二人に加わるウィリー(ジャニス・ルール)が描く想像上の不思議な生き物や、全編を通してペールトーンの映像が作品に詩的な響きを持たせる。少女が大人になり、そして母親になることへの恐怖など、精神分析的解釈の余地を与えるメタファーも数多く、後味の悪さが残る白昼夢を見たような鑑賞体験をもたらす。アルトマン作品の中で異色な印象を受ける本作は、イングマール・ベルイマンの『仮面/ペルソナ』(1966)やデヴィッド・リンチの『マルホランド・ドライブ』(2001)に通じるものがある。
ハリウッドの内幕を描き、皮肉にもハリウッドに復活!
『ザ・プレイヤー』(1992)
1980年に、アメリカ文化を代表するコミック「ポパイ」をディズニーの下で実写映画化した作品が酷評を受けるなどしたこともあって、アルトマン監督はハリウッドから退き、ヨーロッパを拠点に映画製作を行うようになっていった。そんなアルトマン監督が皮肉にもハリウッドの裏側を描いた群像劇『ザ・プレイヤー』で本格的にハリウッドへの復活を果たす。
何といっても見どころは、8分間にわたる1シーン1カットのオープンング。第87回アカデミー賞作品賞などに輝いた『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』の全編1カットで撮影したような映像と、業界の裏側を題材にしている点は、本作をほうふつさせる。
ハリウッド俳優たちがこぞってアルトマン監督作への出演を熱望したといわれるように、本作には主演を務めたティム・ロビンスのほかに、ジュリア・ロバーツ、ブルース・ウィリス、アンジェリカ・ヒューストン、ジョン・キューザックといった大物たちがカメオ出演している。
本作は、アカデミー賞監督賞にノミネート、カンヌ国際映画祭では監督賞を受賞している。撮りたいものを撮り続けてきたアルトマン監督の反骨精神が商業主義に勝った瞬間だ。
男女22人の人生が交錯する
『ショート・カッツ』(1993)
本作は、ミニマリズム作家として知られるアメリカ人小説家レイモンド・カーヴァーのいくつかの短編をベースに、男女22人がそれぞれに織り成すエピソードが巧みに交錯する様子を描いた作品。描かれているキャラクターたちを見れば、人とつながりたいのにうまくつながれない彼らの抱える孤独がこの映画の主題であることがわかる。
1シーンには複数の人物がいて、1人の登場人物にフォーカスすることなく、テンポよく場面が切り替わっていくのも、個人の内面を描くことを避け、あくまでも客観的に彼らの人間模様を描くことを目的としているためだろう。そうすることで、観客は特定のキャラクターに感情移入することなく、彼らのすれ違いの原因も浮き彫りにされる。
人々が物事を自分の都合の良いように解釈し、実際に起きている悲劇に対しても無関心にならざるを得ないのは、良くも悪くもそれが人間の本質だからなのかもしれない。それは、殴られた後のような特殊メイクをガールフレンドに施して楽しむメイクアップアーティストの男もいれば、母親の前で水死体のようにプールで浮かんでみせる娘など、現実と虚構の境目が無くなるといった描写にも反映されており、シュールでありながらも人間のかなしさを際立たせる。また、本作がアルトマン監督を師と仰ぐポール・トーマス・アンダーソン監督の『マグノリア』に影響を与えていることはよく知られている話だ。
ロバート・アルトマン、映画にささげた人生
『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』(2015)
そして最後にアルトマン監督ファンにおすすめしたいのが、アルトマン監督の人生を振り返るドキュメンタリー『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』。アルトマン監督自身が語る映像を軸に構成されており、その言葉の端々に映画への情熱が伝わってくる。
アルトマン監督が手掛けてきた映画とその製作背景を語るだけで、一本の映画が成立するということは、監督の人生が映画とは切り離せなかったということの証しだ。全てを知った上で耳にする、アカデミー賞名誉賞を受賞した際のスピーチには心揺さぶられずにはいられない。彼こそまさに、ハリウッドに嫌われ、そして愛された男なのだ。