『牡蠣工場』想田和弘監督ロングインタビュー(3/3)
安倍政権批判、脱原発…政治的発言を行う理由
Q:最近では映画監督以上に、社会問題の論客としての活動がクローズアップされていますよね。政治的な発言がメディアに取り上げられることも増えました。
「映画監督以上に」だとしたら困りますね(笑)。もともと政治的な発言をするつもりはなかったんですよ。そういう欲望もなかったし、むしろ避けていた。というのも、『選挙』だって僕の同級生が立候補したのが面白そうだと思って撮っただけなんです。自民党を批判するために撮ったわけではない。でも政治的な発言をし始めると、人は僕が作る映画まで「政治的」という色眼鏡で見るじゃないですか。僕は異なる政治思想を持つ人にも観てほしいわけで、映画作家としての活動にはマイナス面の方が大きいわけです。
Q:それが今では脱原発や、安倍政権への批判のトップランナーになった印象です。
いや、全然トップランナーじゃないですよ(笑)。きっかけは東日本大震災で、あのときはニューヨークにいたんですが、これは下手すると帰るところがなくなると思った。実際それに近い事態になって、政府内では東日本全滅、東京を放棄するという最悪のシナリオまで描かれていたわけですよね。そうならなかったのは本当に偶然だっただけで。あのときに自分の映画がどう観られるかみたいなことはどうでもよくなって、吹っ飛んじゃったんですよね。一人の市民としてはずっとサボっていたなあとも思いましたし、勝手な使命感でツイッターで吠えていたら、取材を受けたり原稿を頼まれたりしてこんなことに……。
Q:『ほとりの朔子』では、“脱原発運動のリーダー”という役で出演されていましたよね。
あれは深田(晃司)監督の罠です(笑)。オファーをいただいたとき、僕は演技できないよ、映画をダメにするだけだからやめた方がいいと3回くらい断ったんです。でも深田監督は「想田さんをイメージして書いた役です、いつもの想田さんでいいですから」とおっしゃる。で、脚本を読んだら脱原発のリーダーで、しかも10代の女の子に手をつけてるサイテーな役。「深田め、こんなふうにオレを見ていたのか!」って思いましたけど(笑)。
Q:こう言うのもなんですけど、セルフイメージを逆手に取った見事な演技だと思いました(笑)。
一つ条件を付けたのは、「僕にはセリフは言えないからアドリブでやらせてほしい」と。一応、脚本に沿った言葉ではあるんですが全部アドリブでやらせてもらいました。演説をする場面もありましたが、深田監督からは「何か適当にお願いします」と言われたので、あのシーンでは普通に自分で言いたいことを言っているんですよ。
世界的な注目を浴びるドキュメンタリー映画作家という肩書と、日本のあり方に積極的に疑義を投げ掛ける現代の論客。この2つのイメージはたやすく結びつくかも知れないが、あくまでも「面白い映画」を作ろうとしているのだと断言する想田監督。『牡蠣工場』もまた、現代社会の縮図という役割を果たしているだけでなく、ドキュメンタリー映画として新鮮な刺激をもたらし、監督の鋭い観察力を堪能できる作品に仕上がっている。
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映画『牡蠣工場』は2月20日よりシアター・イメージフォーラムほかで順次公開
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