文化侵略から映画を守る!シドニー映画祭(オーストラリア)【第48回】
ぐるっと!世界の映画祭
『マッドマックス』シリーズを産んだオーストラリア。ヒュー・ジャックマンにケイト・ブランシェットと出身スターも多いのだが、オーストラリア映画はなかなか日本に入ってこないのが実情だ。しかし同国には共に60年以上の歴史を持つ映画祭が二つもある。その一つである第63回シドニー映画祭(6月8日~19日)に参加した映画作家・想田和弘監督がリポートします。(取材・文:中山治美 写真:想田和弘 (C)SYDNEY FILM FESTIVAL)
歴史ある映画祭に相応しい会場
1947年に創設された“継続して開催されている世界最古の映画祭”ことスコットランドのエディンバラ国際映画祭や、1952年に始まったメルボルン国際映画祭に触発されて、1954年に名門シドニー大学でスタートした。市民のお祭りとして愛されてきたが、2008年にはコンペティション部門を設けてパワーアップ。観客動員を伸ばし、2015年の第62回は17万6,000人が詰め掛けた。これまで日本作品は、2008年に黒沢清監督『トウキョウソナタ』(2008)、2011年にトラン・アン・ユン監督『ノルウェイの森』(2010)がコンペティション部門に選出されている。
第63回は12日間で、60か国から集められた244本を上映。うちオープニング作品の地元オーストラリア映画『ゴールドストーン(原題) / Goldstone』(アイヴァン・セン監督)ほか25作品が、ワールドプレミア(世界初上映)を華々しく飾った。メイン会場は、1929年開館の重厚な装飾が美しいステート劇場だ。「2,000人も収容できるオペラハウスのような豪華な劇場なんですが、ここがしばしば完売になるくらい。映画祭が市民に愛され定着しているんですね。この劇場はすべて指定席なんですが、毎年同じ席を買う常連客が多いらしいです。たしかに劇場の中をよく観察してみると、毎回同じ場所に同じ人が座ってるんですよ(笑)。そういうこともあり、客層の年齢は高めですね」(想田監督)。
審査員のスケジュールとは…
想田監督は今回、最新作『牡蠣工場』がインターナショナル・ドキュメンタリーズ部門に選ばれたのと、コンペティション部門の審査員を務めるために現地入りした。『牡蠣工場』が招待された時点で、現地入りする旨を映画祭ディレクターのナシェン・ムードリーに伝えたところ「審査員もやってもらえないか?」と打診があったという。
こう書くと軽く審査員をお願いしているように聞こえるが、それはちょっと違う。ムードリーは、2001年から2011年までダーバン国際映画祭(南アフリカ)のプログラマー、2005年からはドバイ国際映画祭(アラブ首長国連邦)のプログラム・コンサルタントを務めている。想田監督の『精神』(2008)は第5回ドバイ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞し、『選挙2』(2013)も第10回で上映されている。映画作家としての想田監督の活動や、社会を見つめる視点の確かさを信頼しての依頼だったのだろう。ムードリーの依頼に想田監督も「審査員って結構大変なのでちょっと迷いましたが、お受けしました」という。
コンペティション部門の作品は12本。その中の1本に最優秀作品賞にあたるシドニー映画祭賞を授与する。副賞はなんと6万3,000豪州ドル(約504万円、1豪州ドル・80円計算)。審査員の責任は重大だ。
「1日に見る本数は多くて3本。そんなに詰め込んで見る必要はありませんでした。コンペティションの作品はすべてステート劇場で上映され、僕を含めて審査員は基本的にこの劇場で観客と共に鑑賞しました。ただ、僕のスケジュール上どうしても劇場で見られない作品もあったのですが、その場合は、ちゃんと試写室を借り切って、僕だけのために試写をしてくれました。他の審査員に対しても同様です。他の映画祭では劇場で見られない場合、DVDなどで済ませてしまう所が大半だと思うので、非常に贅沢ですし、映画に対しても真面目な映画祭だと思いました」(想田監督)。
同映画祭は、5月のカンヌ国際映画祭開催直後とあって、そのものズバリ「ストレイト・フロム・カンヌ」と題してカンヌ上映作をアピールしている。ほかにもコンペティション部門の中には、カンヌのコンペティションで話題となったグザヴィエ・ドラン監督『イッツ・オンリー・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド(英題) / It's Only the End of the World』(フランス・カナダ)や、監督週間で上映されたアヌラグ・カシアプ監督『ラマン・ラーガヴァン 2.0(原題) / Raman Raghav 2.0』(インド)が選出されている。「シドニー映画祭のコンペティション部門のコンセプトは、『大胆で前衛的』。そのため、既存の映画の作り方や文法に挑戦するような作品が多く、なかなか刺激的でした。いわゆるハリウッド的で保守的な“普通の映画”は含まれていません。なのに上映では、2,000人の会場が埋まるんですから、凄いですよね」(想田監督)。
その中で想田監督たちがシドニー映画祭賞に選んだのは、クレベール・メンドンサ・フィリオ監督『アクエリアス(原題) / Aquarius』(ブラジル)。女手一つで3人の子供を育て上げた音楽ジャーナリストが、地域の再開発を狙う建設会社と対峙する社会派ドラマ。本作も今年のカンヌのコンペティション作品だ。
「審査員会議は5~6本見た時点で開き、1本1本について感想を述べ合い、授賞候補を絞っていきました。そして最終審査会議で、再び1本1本について感想を述べ合い、受賞作を決めました。『アクエリアス(原題) / Aquarius』は、まず主人公を演じたソニア・ブラガが素晴らしかったです。いま世界中のあちこちで起きている、きわめて現代的なさまざまな問題に果敢に抵抗していくんですが、その姿が“個の力”の可能性を示していてめちゃくちゃかっこいい。非常にポリティカルな映画なんですが、お説教くささや紋切り型の構図とは無縁で、ユーモアもあるしリアリティーもある。描写力も優れていて、ディテールも豊かでした」(想田監督)。ぜひ『アクエリアス(原題) / Aquarius』の日本公開を期待したい。
『牡蠣工場』に定番の質問って!?
想田監督は審査員の任務も果たしつつ、監督作『牡蠣工場』の2回の上映に立会い、上映後のQ&Aを行った。同作は、岡山・牛窓にある牡蠣工場を見つめ、地方過疎化や、人材不足による外国人労働者問題などを炙り出していく。独自のドキュメンタリー・スタイルを持つ想田監督の、“観察映画”第6弾となる。
「上映は好評でした。質問が矢継ぎ早に飛んできて、結構白熱しましたね。『牡蠣工場』は牛窓という非常にローカルな世界を映し出しているわけですが、やはりそこに垣間見える『移民』や『第一次産業の衰退』はグローバルな問題ですから、他人事には思えないのだと思います。それから欧米の上映では定番となっている『日本人はどのように牡蠣を食べるのか?』という質問も、やはりありました。欧米でも豪州でも、牡蠣は基本的に殻付きで売っていて、カキフライとか鍋とか存在しない。だからそもそも、殻をむいて出荷する必要がないんです」(想田監督)。
今年、同映画祭で上映された日本映画は『牡蠣工場』と、レストレーション部門で上映された小津安二郎監督『東京物語』(1953)のみ。『東京物語』といえば広島県尾道がロケ地の一つ。2つの作品で瀬戸内の今昔を見せるという、映画祭のニクい演出だったのかもしれない。
豪州映画をサポート
同映画祭は特集上映も充実。今年は、韓国、アイルランド、インド、デンマークと国に特化した特集のほか、マーティン・スコセッシ監督や女性映画特集などもあった。しかしやはり重視しているのは、オーストラリア映画のお披露目の場であり、また地元映像作家の支援。コンペティション部門以外の賞は、ドキュメンタリー・オーストラリア・ファンデーション賞2016(賞金1万5,000豪州ドル、約120万円・1豪州ドル80円計算)、短編映画には、地元映画チェーン会社デンディ・シネマを冠にしたデンディ賞(賞金5,000豪州ドル、約40万円・1豪州ドル80円計算)が贈られ、いずれも地元の作品・監督を対象としている。
「豪州で公開される映画の9割がアメリカ映画だそうです。オーストラリアはアメリカと言葉の壁がないだけに、アメリカによる“文化侵略”が問題になっているようです。だから政府もオーストラリア映画を守るため、国立の映画学校を作ったり、助成金を充実させたりと、さまざまな対策を講じているようです。映画を文化として大事にしていると思いました」(想田監督)。
オーストラリアでは2008年、政府機関である「スクリーン・オーストラリア」を設立し、映画製作支援などを積極的に行っている。カナダ同様、ハリウッド映画のロケ地として活用されているオーストラリアだが、そろそろ次代のジェーン・カンピオン監督、バズ・ラーマン監督の誕生を期待したい。
都心と自然の両方を楽しめる場所
想田監督の渡航費と宿泊費は、審査員とあって、『牡蠣工場』の製作を担当した夫人の柏木規与子の分もすべて映画祭側の招待で、メイン会場から徒歩約10分のパークロイヤル・ダーリング・ハーバーに宿泊した。合間にはシドニー名物のクルーズも楽しんだようだ。
「シドニーは大都市にもかかわらず、街の中心部から車やフェリーでちょっと外れるだけで大自然があることが大きな魅力です。人々の生活水準が高くて余裕もあり、みんながハッピーでほがらかに見えました。ふだんギスギスしたニューヨークや東京にいるからそう見えたのかもしれませんが(笑)」(想田監督)。
会期中は映画祭会場近くの中華店やハンバーガー店などと提携して、フェスティバル・メニューを用意するなど食のホスピタリティも抜かりなし。
「ただ、スーパーでカンガルーの肉が売っていたのにはギョッとしましたね。食っちゃうのかと。でも僕が知り合ったオーストラリア人は『牛や羊は豪州にはもともといなかった動物だけど、カンガルーは純国産なわけだから、食用にするのは自然と調和した行為だ』と力説していて、なるほどなあと思いました」(想田監督)。カンガルー肉はもともと原住民のタンパク源で、現在はライセンスを持ったハンターによって野生のカンガルーを捕獲しているとのこと。高タンパク、低コレステロールでビーフやポークなどに比べてヘルシーらしい。現地へ行ったら映画のみならず、地元の食文化にも触れてみたい。