アンジェイ・ワイダ監督を追悼…社会問題に強い関心 ワルシャワ映画祭(ポーランド)
ぐるっと!世界の映画祭
【第52回】
ポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督が亡くなった2016年10月9日(現地時間)、首都では第32回ワルシャワ映画祭(10月7日~16日)が開催中でした。急きょ会場では、ワイダ監督への追悼の意味を込め写真が飾られたようです。そんな劇的な年に小澤雅人監督の『月光』はインターナショナル・コンペティション部門に選出され、出演者の佐藤乃莉、古山憲太郎、高川裕也らと共に参加しました。小澤監督がリポートします。(取材・文:中山治美、写真:小澤雅人)
世界15大映画祭の一つ
1985年に創設され、1995年からはワルシャワ映画財団が主催している。2009年には国際映画製作者連盟認定となり、ベルリン、カンヌ、東京などと並んで世界15大映画祭の一つに数えられ、さらにマーケットにも力を入れるなど、中央ヨーロッパを代表する映画祭として年々成長を続けている。
自国の映画の海外発信に力を入れているのはもちろんだが、インターナショナル・コンペティション、長編1~2作目を対象としたコンペティション1-2、ドキュメンタリー・コンペティション、短編コンペティションなどの各部門があり、これまで日本作品も多数参加。第23回(2007)では吉田大八監督『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(2007)が革新的な作品が対象となるフリースピリット・コンペティション部門で、大賞を受賞している。また第31回(2015)は高円宮妃久子様がオープニングセレモニーに出席している。
第32回は『月光』のほか、コンペティション1-2部門に、名門のポーランド国立ウッチ映画大学出身の石川慶監督『愚行録』、ショート・フォー・キッズ部門で山田裕城監督『風の又三郎』(2016)が上映された。
申請料を鑑みながら自分で応募
『月光』は、小澤監督の長編第3弾。家族間の児童虐待問題をテーマにした前作『風切羽~かざきりば~』(2013)は、韓国の第14回全州国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門でベスト・ピクチャーズ・プライズ(最優秀作品賞)を受賞している。『月光』も性暴力という社会問題をテーマにしている。
「自分自身、父親のギャンブルが原因で一家離散を経験したので、社会に居場所のない人の気持ちがよくわかる。また2005年に、映画『コロニア』(2015)のフロリアン・ガレンベルガー監督のワークショップに参加し、それがきっかけで同監督の『ジョン・ラーベ ~南京のシンドラー~』(2009)のキャスティング・コーディネートに参加したことでガレンベルガー監督から強い影響を受け、その後にベルギーのダルデンヌ兄弟の作品を見まくりました。彼らから、自分の身近にある問題を描いていくことの大切さを学び、自分もそうした作品を作っていきたいと思いました」(小澤監督)。
国際映画祭への出品は、映画祭情報・応募代行サイト「ガラコレクション」や「Withoutabox」を参考にしながら小澤監督自ら計画を立てて申請を行った。映画が完成したのが2015年11月上旬。まず、その時期から申し込み可能で、最も高いハードルである2016年2月開催のベルリン国際映画祭を狙った。そこから申請料を鑑みながら、香港国際映画祭、チェコのカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭etc……。そんな中、朗報を届けてくれたのがワルシャワ国際映画祭だった。
「北米や豪州・英国など欧米系の映画祭はえてして申請料が高く、それだけで断念したところもあるのですが、ワルシャワ国際映画祭は10ユーロ(約1,150円、1ユーロ=115円換算)と破格値でした。加えて32回と歴史もあり、かつポーランドはアンジェイ・ワイダ監督やイエジー・スコリモフスキ監督、そして『愚行録』の石川監督も通われていた世界的に有名な映画学校(ポーランド国立ウッチ映画大学)もある映画のレベルの高い、憧れの国でした」(小澤監督)。
ただ海外映画祭出品に当たって今回の作品で問題になったのが、児童への性的虐待シーンを入れたことだったようだ。これは制作過程で議論を重ねた結果、誤解を恐れずにあえて過酷な描写を入れたが、海外では親が躾として平手打ちをしても虐待と見なされ逮捕の対象となる国もあるだけに、まして性的虐待となると嫌悪感を抱く人が多い。
「性描写への反応が厳しいことを改めて痛感しました。最初はプロデューサーがワールドセールスを担当してくれる会社をいくつか当たってくれたようですが、それも交渉成立までには至りませんでした」(小澤監督)。
社会的問題に関心高し
『月光』の上映は会期中3回行われ、いずれも小澤監督らが出演者と共にQ&Aを行った。上映会場はショッピングセンター内にあるシネコン「Multikino」。2回目の上映は直前に映写トラブルがあり、当初の上映予定劇場から1,000席規模の大劇場に変更になるという、嬉しいハプニングもあったという。
「客層は年齢層高め。かつQ&Aでは女性の方からの質問が多かったのが印象的でした。この映画は性的虐待だけでなく、日本独特の機能不全家族を描いており、果たしてそれがポーランドの方々にどこまで伝わるのか不安だったのですが、逆に『ポーランドにはないタイプの映画で新鮮だった』とか、『(スウェーデンの)イングマール・ベルイマン監督の映画を彷彿とさせる』という感想もあって嬉しかったです。でもやはり一番質問が多かったのは、『日本ではこうした性犯罪が起こった場合、どのような刑罰があるのか?』とか『被害女性に対する支援はあるのか?』という実態についての質問でした」(小澤監督)。
ちょうど映画祭が始まる直前、ポーランドでは人工妊娠中絶をほぼ全面的に禁止する改正中絶禁止法が持ち上がっていた。この法案は性的暴力という望まない妊娠をした場合でも中絶が認められず、違反者は逆に刑罰の対象となる。これに女性たちは猛反対。約10万人が抗議デモを行い、怒りの声が政治家たちをも動かしてポーランド下院議会での成立を阻んだばかりだった。
「実際、通訳を担当してくれた女性も反対デモに参加したと言っていました。日本よりも国民が政治にダイレクトに関わっているという印象を持ちました。そんな国民性を思うと、『月光』に関心を持ってくれたのもわかるような気がします」(小澤監督)。
さすが、ワイダ監督を生んだ国だ。インターナショナル・コンペティション部門のワルシャワ・グランプリ(最優秀作品賞)も、偽装誘拐事件をテーマに昨今の無軌道な若者たちを風刺したパルヴィズ・シャーバジ監督『マラリア(原題) / Malaria』(イラン)が受賞した。副賞として賞金10万ズロチ(約260万円、1ズロチ=26円換算)が贈られた。
古都クラクフ、アウシュビッツへ
ワルシャワへはエミレーツ航空でドバイ経由。監督の分のみ渡航費と宿泊費(5泊分)が招待となった。「日本の感覚で10月と言えばまだ秋ですが、ワルシャワはもうすでに真冬。厚めのダウンコートが必要なくらいで、今度、ワルシャワ映画祭に参加される方は防寒着の用意をオススメします。また滞在中は、映画祭のアテンドでゲスト対象の市内観光ツアーが組まれました。映画祭の会場もショッピングモール内のシネコンでしたが、想像していたより街が近代化されているという印象でした。日本企業の進出も相次ぎ、経済も好調のように見えました(※ポーランド貿易・投資支援によると、進出している日本企業は300社以上)」。
小澤監督のみ4泊分滞在を延長し、ワルシャワから列車で約2時間半の距離にあるかつてのポーランド王国の中心地・クラクフへ。そこを拠点に、さらに列車で約1時間半かかるアウシュビッツ収容所へ赴き、日本人ガイド・中谷剛さんの案内によるツアーに参加したという。「せっかくポーランドに来たので、絶対に行きたい場所でした。映画『シンドラーのリスト』や『サウルの息子』は見ており、もっと衝撃を受けるかと思っていたのですが、観光地としてかなり整備されていて、どこか他人事のように見てしまう自分がいることに気づきました。むしろ緑に囲まれた美しい風景が広がっており、この場所でそんな残酷なことがあったのか? と思えるほどでした」(小澤監督)。
日本とポーランドを結ぶ映画を
小澤監督が主要な国際映画祭に参加するのは、『こもれび A Warm Ray of Light』(2010)で第14回上海国際映画祭(中国)、『風切羽~かざきりば~』(2013)で第14回全州国際映画祭(韓国)、『風切羽』の48分バージョンで第20回サンティアゴ国際短編映画祭(チリ)に参加したのに続いて4回目。中でも、西洋の全く異なる文化に触れた今回の旅は多いに刺激となったようで「日本とポーランドを結ぶ作品が作れないか、考えています」という。
また今回2回目の上映が、まさかの1,000席規模の大スクリーンとなったことで自作に関しての反省点も生まれたという。「毎回、自分の作品は反省点が多いのですが、大スクリーンで上映されたことで、クオリティの面でまだまだだなと。やはり低予算&短期間で撮影したことの限界が見えてしまったように思います。今後はもう少しじっくり時間をかけて映画づくりができる環境を整えなければと思いました」(小澤監督)。日本・ポーランドの合作映画の実現を期待したい。