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ディオールのファッション革命~パリをよみがえらせた男【映画に見る憧れのブランド~第4回ディオール】

映画に見る憧れのブランド

 こんにちは、映画で美活する映画美容ライターの此花さくやです。

 クリスチャン・ディオールといえばニュー・ルック。第二次世界大戦後のモードを復活させたフランスのオートクチュールメゾン(パリ・クチュール組合に属するオーダーメイドの高級服店)として誕生しました。しかし、クリスチャン・ディオールがクチュリエ(オートクチュールの主任デザイナー)として活躍したのはわずか10年だったということをご存知でしょうか? クチュリエとして短命であった彼のメゾンはなぜ今も生き続けるのか。今回は、ディオールのニュー・ルックの秘密とそれにまつわる映画に迫りたいと思います!

ベル・エポックとアヴァンギャルドを融合した、ディオールのスタイル

クリスチャン・ディオール
クリスチャン・ディオール - CBS Photo Archive / Getty Images

 1905年、フランス・グランヴィルのブルジョワ階級に生まれたディオールは、ベル・エポック時代(19世紀末から第一次世界大戦前までの煌びやかなパリが栄えた時代)やオリエンタルの調度品で飾られた甘美な邸宅で育ち、小さな頃からコスチューム作り、ガーデニング、アートやピアノなど美しいものに熱中します。

 第一次世界大戦を経て15歳から20歳までの間、ディオールはパリ政治学院で学んでいました。その頃のパリは世界中の知識人や文化人で溢れかえり、ピカソラディゲコクトーサティローランサンなどの芸術家たちが夜な夜なナイトクラブに集いました。ディオールもそんなアヴァンギャルドたちと交流。幼少期に培った瀟洒(しょうしゃ)なブルジョワ文化にアヴァンギャルドなセンスを融合させて独特の美的感覚を磨きます。

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不穏な現実を払拭するニュー・ルック

 「私は、女性の体の曲線に沿ってかたどり、輪郭を様式化し、ウェストと腰の幅を強調し、バストを目立たせることで、自分のドレスを“構築”したかった」と語ったディオール(『クリスチャン・ディオール』マリー・フランス・ポシェナ著)。第二次世界大戦前はギャラリーを経営し、戦争から帰還したディオールは自身のメゾンを立ち上げ、1947年にファッションの歴史を変えたニュー・ルックを発表しました。

 1910年代以降、ポアレやシャネルが窮屈な洋服から女性を解放し、直線的な洋服が主流になっていました。第二次世界大戦中は、布不足のせいで女性の洋服はくすんだミリタリールックに。そんな中、シルク、刺繍やチュールを贅沢に使いウェストをギュッと絞ってスカートをふくらませたディオールのデビューコレクションは、センセーションを巻き起こしました。『ハーパーズ・バザー』の編集者であるカーメル・スノーはディオールにこう言いました。「ああ、なんて革命的なの。あなたの服は、“ニュー・ルック”を創始したのよ!」(『クリスチャン・ディオール』マリー・フランス・ポシェナ著)。

映画『陽のあたる場所』より
映画『陽のあたる場所』よりイーディス・ヘッドによるニュー・ルックドレス - Paramount Pictures / Photofest / ゲッティイメージズ

 映画『陽のあたる場所』(1951年)で、アンジェラ(エリザベス・テイラー)がジョージ・イーストマン(モンゴメリー・クリフト)と初めてダンスするシーンで着ていた白いチュールドレスは、ハリウッド最高の衣装デザイナーと名高いイーディス・ヘッドによるデザインですが、そのシルエットはニュー・ルックドレスと呼ばれました。

映画『麗しのサブリナ』より
映画『麗しのサブリナ』よりジバンシィによるニュー・ルックドレス - Paramount Pictures / Photofest / ゲッティイメージズ

 また、映画『麗しのサブリナ』(1954年)でサブリナ(オードリー・ヘプバーン)がララビー家の舞踏会で装ったドレスもジバンシィによるデザインでしたが、ニュー・ルックドレスとして大人気に。これらの映画のように、昼間はジーンズやパンツでカジュアルに装い、夜はニュー・ルックにドレスアップするというのが当時のファッショニスタのスタイルだったといいます。

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ファッションだけじゃない、ニュー・ルックの狙い

 実はニュー・ルックにはファッション以上の役割がありました。それは、第二次世界大戦で落ちぶれたパリの復興。大戦前のモードの発信地はパリでしたが、戦時中は戦火に燃えるパリからニューヨークへとモードは移っていたのです。経済活性化のため、戦後のフランス産業界はモードの都としてパリを復活させようと計画。ディオールと一緒に、パリのオートクチュールの伝統を蘇らせ職人仕事を再生することを決意します。

ドラマ「ザ・コレクション」
Amazonオリジナルドラマ「ザ・コレクション」より

 Amazonオリジナルドラマ「ザ・コレクション」は、第二次世界大戦直後のパリでクチュール店を営む2人の兄弟、ポール・サビーヌ(リチャード・コイル)とクロード・サビーヌ(トム・ライリー)が新鋭クチュリエとして台頭する様を描いた人間ドラマ。単なるサクセスストーリーや歴史モノではなく、殺人事件、兄弟の確執、三角関係など愛憎渦巻く人間模様がスリリングに映し出されています。本作のポールはフランス産業界の大物に見込まれ、パリ復興とファッションの輸出を目的に投資を受けますが、ディオールも当時“木綿王”と呼ばれた繊維業界の富豪、マルセル・ブサックから投資をうけます。結果、ニュー・ルックを世界中で大流行させモードをパリに取り戻しました。

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ニュー・ルックに抗議した女性たち

ドラマ「ザ・コレクション」
Amazonオリジナルドラマ「ザ・コレクション」より、壮絶なドレスの引き剥がし事件

 ところが、ニュー・ルックのドレスを実際に手に入れられるのはまだまだ特権階級の女性たちだけ。貧しさにあえいでいた女性たちは、ニュー・ルックの女性を見るやいなや、飛び掛って洋服を引き剥がすという暴力事件をあちこちで起こしました。ドラマ「ザ・コレクション」にもこの事件が盛り込まれています。

 さらに、ニュー・ルックの長いドレスの裾がバスのドアに挟まれて女性がバスに引きずられるという事故がアメリカで発生。そのせいで、婦人参政権運動の本場であるアメリカでは、ニュー・ルックのコルセットや長いスカート女性の自立を阻むものだとして抗議運動が始まり、なんとこの運動は国中を巻き込んだ大論争にまで発展。ただし、戦後の物資不足が解消されるにつれ、反ニュー・ルック運動は自然消滅していったそうです。

ニュー・ルックを非難したクチュリエール

 同じく、ニュー・ルックを非難するクチュリエールもいました。ココ・シャネルです。スイスで隠遁生活を送っていたシャネルはニュー・ルックに刺激され、カムバックを決意。シャネル自身が苦労して闇に葬り去った女性を拘束するドレスが男性クチュリエの手により大流行しているのを見て、怒りに震えたのだとか!

映画『ココ・シャネル』より
映画『ココ・シャネル』より - Lifetime / Photofest / ゲッティイメージズ

 映画『ココ・シャネル』(2008年)では、パリに戻ってきたシャネルがニュー・ルック風のドレスを纏った姪のドレスを見るなり、彼女のドレスから装飾を破り取りシンプルなドレスに改造します。その様子はディオールに対する宣戦布告のよう。事実、1954年にシャネルが発表したのはニュー・ルックとは正反対の動きやすいシャネルスーツ。発表当時、このコレクションはニュー・ルックの影で世間に受け入れられませんでしたが、職場にもパーティーにも着られる洋服であると、働く女性に次第に受け入れられていきます。

 「彼女のエレガンスは、素人にとっても、眩いばかりに魅力的だ。プル・オーバーと十重の真珠飾りとで、彼女はモードに革命をもたせた」(『クリスチャン・ディオール』マリー・フランス・ポシェナ著)とシャネルに憧れていたディオールですが、シャネルのほうは正反対の気持ちをディオールに抱いていたよう。二人の交流が実際はどんなものだったのかは不明ですが、ディオールの葬列にシャネルだけは加わらなかったといいます。貴族趣味で裕福な幼少時代を過ごしたディオールと、孤児院で育ち酒場の歌手からクチュリエまでのし上ったシャネル……あまりにも対照的な二人がファッションに革命を起こしたという事実は、とても興味深いですよね。

 1957年、ディオールはイタリアでの休暇中に心臓発作で突然亡くなりました。1947年から1957年までの10年間、ディオールが販売した服は10万着、デッサンは16万枚にも及んだといいます。

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“多様化する価値観”をディオールに表現した、ジョン・ガリアーノ

 ディオールの死後、21歳という若さで起用されたのはディオール自身が育て上げたイヴ・サンローラン。ドキュメンタリー映画『イヴ・サンローラン』(2010年)では、サンローランと約50年もの間公私にわたってパートナーであったピエール・ベルジェ「サンローランは21歳。病的なほど内気で、イヴの起用は晴天の霹靂だった」とその経緯を語っています。

 ですが、1978年にディオールの最大の投資家であったマルセル・ブサックが破産した後、ディオールは革新性を失い人気が衰えていきました。1984年、ディオールの事業は部分的にフランス人事業家ベルナール・アルノーに買収されます(2017年に取締役会長兼CEOを務めるアルノーが率いるLVMH モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンが完全子会社化)。そして、ディオールを再生すべく、ジャン・フランコ・フェレが1989年にクチュリエに着任。ディオールの伝統に革新をもたらせたフェレが退任した後は、イギリス人デザイナーであるジョン・ガリアーノが1996年に、ベルギー人デザイナーであるラフ・シモンズが2012年に起用されました。

 特に、ファッション業界の風雲児だったガリアーノの登用に世間はびっくり! ディオールのクチュール文化に、東洋やアフリカなどの異文化や宗教を組み合わせたガリアーノのデザインは注目の的に。ちなみに、同年のアカデミー賞授賞式に出席するニコール・キッドマンが着た東洋風のゴールドガウンはガリアーノの作品で、今でも歴代のベストオスカードレスのうちの一枚だと評されています。

ニコール・キッドマン
第69回アカデミー賞授賞式にて、当時の夫トム・クルーズと一緒のニコール・キッドマン - Kevin Mazur Archive / WireImage / ゲッティイメージズ

 ほかにも、新聞紙や空き缶を使用した奇抜なガリアーノのデザインは発表されるたびに物議を醸しますが、一見混沌としたガリアーノのスタイルは多様化する現代の価値観を表したもの。グローバル化が加速する世相とディオールの伝統を見事にミックスしたスタイルは、ガリアーノ流のニュー・ルックともいえるでしょう。

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ストリートスタイルをクチュールに取り入れた、ラフ・シモンズ

 2012年にガリアーノが反ユダヤ発言をしてディオールから解雇された後に登用されたのがラフ・シモンズ。2005年からジル・サンダーのクリエイティブディレクターを務めていたシモンズは、オートクチュールの経験はなく、メンズウェアで頭角を現したデザイナーでした。アディダスフレッド・ペリーなど数々のスポーツブランドとコラボを果たし、ストリートや現代アート伝統的なテイラードに落としこむのが得意のシモンズ。

映画『ディオールと私』より
映画『ディオールと私』より - 写真:Everett Collection/アフロ

 映画『ディオールと私』(2015年)は、シモンズがデビューコレクションを完成させるまでの8週間に密着したドキュメンタリー。シモンズが現代アーティスト、スターリング・ルビーの作品をディオールのドレスに表現しようと試行錯誤を繰りかえす模様が描かれており、自身のビジョンをディオールを通して表現しようとする苦悩、そして奇跡が織りなすディオール・メゾンの裏側が鮮烈です。

 2015年にシモンズが「自分のブランドにフォーカスしたいから」とディオールを突如として辞任した後に、起用されたのはマリア・グラツィア・キウリ。ディオール初の女性クチュリエがどんなニュー・ルックを私たちに魅せてくれるのか、今後も目が離せません。

 クリスチャン・ディオールがこの世を去ってから60年。時代を経てクチュリエが変わってもディオール・メゾンはニュー・ルックを発表し続けています。まるで、クリスチャン・ディオールのDNAが新しいクチュリエの創造性を糧に生き永らえ、進化し続けているかのように……。

「モードは時代と共に変化していくものであり、斬新でいることがモードの命だ」
クリスチャン・ディオール
(集英社『ディオールの世界』川島ルミ子著)

   
【参考】
ディオール公式サイト

講談社インターナショナル『クリスチャン・ディオール』マリー=フランス ポシュナ著/高橋洋一訳

集英社『ディオールの世界』川島ルミ子著

スペースシャワーネットワーク『ブリティッシュ・ファッション・デザイナーズ ステラマッカートニーからイーリーキシモトまで (P‐Vine BOOKs)』ハイウェル・デイヴィス著/桜井真砂美訳

“Raf Simons is revitalizing Christian Dior and the rarefied world of French haute couture” - Independent

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此花さくやプロフィール

此花

 「映画で美活する」映画美容ライター/MAMEW骨筋メイク(R)公認アドバイザー。洋画好きが高じて高3のときに渡米。1999年NYファッション工科大学(F.I.T)でファッションと関連業界の国際貿易とマーケティング学科を卒業。卒業後はシャネルや資生堂アメリカなどでメイク製品のマーケティングに携わる。2007年の出産を機にビジネス翻訳家・美容ライターとして活動開始。執筆実績に扶桑社「女子SPA!」「メディアジーン」「cafeglobe」、小学館「美レンジャー」、コンデナスト・ジャパン「VOGUE GIRL」など。海外セレブのファッション・メイク分析が生きがいで、映画のファッションやメイクHow Toを発信中!

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