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街にも映画人にも愛される横浜・黄金町の匂いを伝える名画座とは!

ラジカル鈴木の味わい名画座探訪記

 この連載も遂に多摩川を越えた! 野毛~日ノ出町~伊勢佐木町、この辺り“リアル横浜”が僕は大好き。ごった煮な雰囲気に馴染みつつオアシスのごとく65年以上存在する映画館が「シネマ・ジャック&ベティ」(以下、J&B)。擬人化された名前の劇場なんて他にない!

■今月の名画座「シネマ・ジャック&ベティ」

キネカ
ジャック&ベティ

 17年前、初めて京急線の黄金町駅に降りたときの衝撃。まだこんなところが存在するんだと、セットのような異様な光景に興奮。遡ると、昭和30年代ごろには麻薬取引が盛んだったこともあるようで、その様子は黒澤明の『天国と地獄』等で有名。2005年に浄化政策により違法風俗は一掃され、面影を残しつつギャラリーやショップ、カフェ等のアートを発信する街へとイメージチェンジした。

 駅から橋を渡り、だいぶマイルドになったけどまだ怪しい雰囲気の中を徒歩5分。住所は若葉町、米軍の飛行場跡地に1952年「横浜名画座」として開館、こけら落としはエリザベス・テイラー主演の『陽のあたる場所』。バブルの終わり、1991年に現在の2館の、9階建てマンションの建物の2階にある“J&B”にリニューアル。通りの向いには、映画とテレビシリーズにもなった「私立探偵 濱マイク」の探偵事務所が2階にあるという設定の、系列の“横浜日劇”があったが、2005年に閉館、2007年に取り壊された。

 エスカレーターor階段を上がると、右の青で直線的な内装のジャック、左の赤で曲線が多い内装のベティ。当初ジャックはチャンバラや西部劇等の男性向け作品、ベティはロマンスなどの女性向け映画をというコンセプト。いまは良質な洋画からマニアックな邦画、ドキュメンタリーまで幅広い。知人の自主制作作品が上映されたこともある。

 セレクトを信頼して通うファンは多く、ここでしか観られないものも多い。最近は映像制作集団“空族”の『バンコクナイツ』を上映、周辺は外国人だらけ、タイ料理屋&バーも多いし、ピッタリのロケーション。すごい情報量の上映スケジュールは緻密に計算され、1本見終わったら2館どちらからもハシゴできる。

 2005年、経営会社の廃業で、1度閉館。すぐに別会社によって再開したものの厳しい状況は変わらず、引き継ぎ手が求められていたところを、周辺の街おこし活動にボランティアで関わっていた若いスタッフたちがさらに引き継ぎ、現在の経営陣に。

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■支配人・梶原俊幸さんに訊く

  ウェイビーなロングヘアにジャケット姿の梶原さんは1977年横浜生まれ、吉祥寺育ち。大学卒業後はライブハウス勤務、学習塾を経てIT企業へ。街作り活動から黄金町に行き着いた。「以前より奇麗になったものの、アブない感じ、昭和臭さがまだ残ってるこの界隈に魅せられました」。2007年から正式に支配人に。「人が集まる場に関わって運営を続け、何かが生まれていくのに立ち会いたいんです」。

キネカ
観光地によくある“顔はめボード”左が梶原支配人、右は小林副支配人

 伊勢佐木町からこの界隈は最盛期には約40館の劇場がひしめいていた。J&B初代の支配人は、その隆盛をつくった伝説の興業師・福寿祁久雄さん。スピリットを受け継ぎつつ、時代に合った方法を模索している。「横浜で他ではやってない作品を意識し、特に、女性向け作品を増やしました。“女性一人で来ても大丈夫ですか?”という問い合わせがあったりしましたが、いまでは平日の日中は女性のほうが男性よりも多いです」。1年で350本もの作品を上映、「新作は主に自分で選定し、旧作・特集上映や映画祭・イベント上映等は、副支配人の小林やスタッフ、時には実行委員会やボランティアにも手伝ってもらっています」。

 コミュニケーションを重視したイベントを多く開催し、メジャーorマイナーにかかわらず監督や出演者の舞台挨拶やトークやサイン会は頻繁にある。Q&Aの時間を必ず取らせてもらう。「監督や役者さんが親身になって話してくれて、お客さんが驚くこともあります。他でそういう機会は少ないのではないでしょうか」。

 また、月1回のサロンを開催し、毎月10~20人ほどのお客さんが集まって、映画の話、様々なリクエストや感想を生で交換する場を設ける。「本当にお詳しい長年の映画ファンもいらして、逆に勉強になることもあります」。

 さらに「ジャックと豆の木」という映画と映画館に関する季刊誌をオープン25周年を記念し創刊。編集長は、映画・演劇の宣伝美術を長年製作してきたグラフックデザイナーの小笠原正勝さん。「現在4号を準備中です。様々な記事の中には、例えば、横浜の映画人にスポットを当て、藤竜也さん、高島礼子さん、余貴美子さん、堀春菜さん、そういった方々に、さらなる活躍をしていただきたいという想いを込めた特集を組んだりしています」。

 努力と工夫が功を奏し、観客数は増加傾向にあるという。「異業種にいた人間なので、自分の好みでなく“映画館を皆さんのために開いている”のが重要で、一度閉館した劇場を2度と閉めることがないように、チャレンジ精神をもって臨んでいます」。

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■街と映画が一体だった あの光景をふたたび

 観客動員数歴代1位は、若松孝二監督の『キャタピラー』。「寺島しのぶさんがベルリン国際映画祭で主演女優賞をとった作品で、夏に東京同時公開でタイミングが良かった。監督の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を上映していたので、横浜は当館を優先して選んでいただきました」。また、その後の作品の初日舞台挨拶で監督がラストにJ&Bを選んだ裏話を聞く。「移転して、今は無いんですが、以前1階に 聚香園という中華料理屋がありまして、そこが監督のお気に入りで、寺島さん、井浦新さんなどを引き連れて打ち上げをやるんです(笑)」。

 横浜が舞台の「濱マイク」を上映すると毎回地元のお客を中心に劇場は超満員だが、梶原さんが特に思い出に残っているのは2013年の「私立探偵 濱マイク 大回顧展」。「うちと、伊勢佐木町の『横浜ニューテアトル』、『横浜シネマリン』の3館でシリーズ全作品を上映し、イベント会場では永瀬正敏さん、宍戸錠さん、林海象監督らがトークを行いました。パンフレットを持ってぞろぞろと歩く群集を見て、映画によって、街に人々の流れができる、というのはこういうことなんだ、と我々の世代では初めて目の当たりにしました」。

■いろんな人を巻き込んで、地域と関わる

 複数の映画祭、「横浜黄金町映画祭」から発展した「横浜みなと映画祭」、実行委員会と共に開催している「よこはま若葉町多文化映画祭」、「横濱HAPPY MUSIC映画祭」から発展した「横濱インディペンデント・フィルム・フェスティバル」(11月25日開催)などの各上映会場にもなっていて、多くの関係者が登壇。11月4日はミニシアター見学・説明&映写室ツアーも企画。また12月頭の障害者週間には、スクリーンの脇に手話弁士が立つ上映イベントも予定していて、「これを定期的に実施する劇場は、おそらく他にないでしょう」とのこと。日常的にも関係者が多く訪れ、グッズの配布や、配給会社の余剰DVDをお土産にと3巻の大盤振る舞いをしているのも見たっけ。

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■映画を観ることは、カッコイイ

キネカ
『愛のコリーダ』 藤竜也 松田暎子 監督:大島渚 1976年

 梶原さんから若い人たちへのメッセージ。「最近の傾向で、興味があってもチケットがなさそうだからと諦めるとか、ハズしたくないからSNSで評判を細かくチェックして、少しでも批判があったら行かない人もいる、なんて聞きました。映画1本くらい失敗を恐れずに、自分を信じてチャレンジして欲しい。いろんなものを観て欲しいですね」。

 名画については、「自分にハマった映画を観て心酔して、マイッタ!! という経験をしてもらいたい、それが名画体験です。我々が若いときは、ミニシアターで映画を観ることがカッコよかった。劇場で映画を観るのがカッコイイっていう意識を持ってくれたら嬉しいです」。

 映画を観て、取材して、至近の銭湯「利世館」でひとっ風呂。そのあと、お客さんがタイ人ばかりのタイ料理屋でメシと一杯。まさに丸ごと街を楽しんだ。呑みながら「濱マイク」の千石規子扮する横浜日劇のモギリのおばさんの口ぐせを思い出した。「映画を観る余裕もなくっちゃ、人間お終いだわぁ」。どんなに忙しくても、映画を観て、湯に浸かって、お気に入りの店でグラスを傾ける、それを無くしたらダメ。黄金町の夜は深けてゆく。

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■映画館情報

シネマ・ジャック&ベティ

住所:横浜市中区若葉町3-51 TEL:045-243-9800

ジャック 席数:96席+車いす席1席(定員132名)
べティ 席数:115席+車いす席1席(定員144名)

URL:http://www.jackandbetty.net/
FB:http://www.facebook.com/jackandbetty/
Twitter:http://www.twitter.com/cinemaJandB

ラジカル鈴木 プロフィール

イラストレーター。映画好きが高じて、絵つきのコラム執筆を複数媒体で続けている。

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