バイオレンスも社会風刺も強烈!人種差別がテーマの異色スリラー『ゲット・アウト』
第90回アカデミー賞
2017年のハリウッド映画の中で、本作ほど予想外の大ヒットを飛ばした映画はないだろう。500万ドル(約5億5,000万円)の製作費は同じユニバーサル・ピクチャーズ製作の『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』の25分の1程度だが、全米興収はその倍以上の約1億7,500万ドル(約192億万円)を計上したのだから、とてつもないコスパの良さ(数字は Box Office Mojo 調べ、1ドル110円計算)。さらに驚くべきは、一見すると低予算スリラーである本作が全米賞レースを賑わせたうえに、アカデミー賞にまで名乗りを上げたことだ。(文・相馬学)
アフリカ系アメリカン人の若きカメラマン・クリス(ダニエル・カルーヤ)が白人の恋人ローズ(アリソン・ウィリアムズ)の実家に招待され、そこで体験する恐怖。最初は人種間の違和感に過ぎなかった居心地の悪さが、予想もしなかった事態へと変質する。神経を微妙に逆なでするキャラクターの配置は見事というほかにないし、張り巡らされた伏線も効いている。展開も衝撃的で、大いにハラハラさせるという点でも優れたスリラーだ。しかし、それだけならばよくできたエンターテインメント作品、で終わってしまう。アカデミー賞をはじめとする全米の映画賞が本作を高く評価した理由は、物語の下地になっている部分にある。
ニューヨーク在住の主人公が赴く郊外は、一般的に白人層が大半を占める住宅地。人種のるつぼ、ニューヨークからそう離れていないのだから、リベラルな考え方を持った人も相当数いるだろう。この“リベラル”がクセ物で、「人種差別はよくない」ということはその誰もが理屈ではわかっている。しかし理屈ではない部分、例えば“愛娘が黒人と付き合っている”と知ったときの感情的な波風は大小の差こそあれ起こるものなのだ。
本作の下地にあるのは郊外のそんな微妙な空気。露骨な人種差別こそないが、目に見えない感情の部分ではそれが静かに脈動している。そのようなアメリカ社会の現実をビビッドにとらえつつ、スリラーというジャンルに生かしたからこそ、本作は高い評価を得たのだ。監督賞、脚本賞にもノミネートされているが、ジョーダン・ピール監督のそんな着眼点の鋭さも光っている。
とはいえ強調しておくが、これはあくまでも下地に過ぎず、物語ははあくまで娯楽性に富んだスリラー。催眠術やロボトミー手術といった、アヤしいエッセンスをからめつつ、翻弄される主人公の運命を体感させることこそ、この映画の最大の魅力である。
プロデューサーのジェイソン・ブラムは『セッション』(2015)でアカデミー賞にノミネートされた経験があるが、『パラノーマル・アクティビティ』(2010)や『インシディアス』(2011)『ヴィジット』(2015)『ザ・ギフト』(2016)といったヒット作を生み出すなど低予算スリラーの分野での活躍の方が広く知られている。そんなジャンル映画の達人が、得意のフィールドから賞戦線に殴りこんできた。バイオレンスも社会風刺も強烈なこの映画が、お行儀のよいアート映画や折り目正しい社会派映画と肩を並べたのは、ある意味、痛快でもある。
彼女の実家はなにかおかしい…… 映画『ゲット・アウト』予告編