最後に一花…名優ダニエル・デイ=ルイス、4度目の主演男優賞なるか!?『ファントム・スレッド』
第90回アカデミー賞
『マグノリア』(2000)や『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2008)など、ハリウッドで作家性を維持しながら映画を作り続けられる数少ない映画作家の一人、ポール・トーマス・アンダーソン。『ファントム・スレッド』は、そんなアンダーソン監督が、再びダニエル・デイ=ルイスと組んで、初めてイギリスで撮った新作だ。アカデミー賞では、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞、作曲賞、衣装デザイン賞など、主要6部門でノミネートされ、米批評家サイト「ロッテントマト」でも支持率91%と、批評家たちから高い評価を獲得している。(文:細谷佳史)
物語の舞台は、1950年代のロンドン。デイ=ルイス演じるレイノルズは、皇室や上流社会の婦人たちのドレスを手がける有名なファッション・デザイナー。レイノルズは、仕事に取りつかれ、病的なまでに全てをコントロールしないと気がすまない完全主義者だが、姉のシリル(レスリー・マンヴィル)が、レイノルズに欠けた部分のバランスを取りながら、ビジネスを切り盛りしている。ある日、田舎町に出かけたレイノルズは、レストランで出会った若いウェイトレスのアルマ(ヴィッキー・クリープス)に一目惚れする。レイノルズは、アルマを自分のドレスのモデルにし、二人はロンドンで一緒に暮らし始める。しかし、アルマは自分のやり方を一切曲げないレイノルズとの生活に疲れてくる。そして、誰も口答え出来ないレイノルズに自分の気持ちをはっきり主張し始め、二人の関係は徐々に変化し始めるが……。
アンダーソン監督は、「ドレスを着ている女性はどうでもよく、ドレスだけを見てほしいと願っている男が、そのドレスを着ている女性に口答えされることで、物語が面白くなっていく」と語るが、映画の後半、二人の関係が病的な方向に進んでいく辺りはアンダーソン監督の真骨頂と言っていい。人間が持つダークな部分を深くえぐりながら良質のドラマに仕立てるアンダーソン監督の手腕は、本作でも健在だ。
映画の中では、ドレス作りのディテールが細かく描写されるが、1年近くドレス作りを学んで役作りしたというデイ=ルイスの指先や動作は、全て真実味に溢れている。助演女優賞にノミネートされたマンヴィルも、ノミネートは逃したがデイ=ルイスを相手に全く引け取らない演技を見せるクリープスも見事だ。
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』以来アンダーソン作品を支える作曲家のジョニー・グリーンウッドと、レイノルズの分身でもある多くの美しい衣装を手がけたマーク・ブリッジスの受賞はかなり期待出来るのでは。主演男優賞は、今年は、ウィンストン・チャーチルを演じたゲイリー・オールドマンがほぼ確実視されているが、もし番狂わせがあるとしたら、ダニエル・デイ=ルイスだろう。オスカーで主演男優賞を3度受賞した唯一の役者デイ=ルイスは、この作品の後、すでに役者を引退することを発表している。この偉大な役者にもう一度最後に花を持たせたいと思うアカデミー会員たちは少なからずいるのではないだろうか。
美しすぎる…『ファントム・スレッド』予告編