恋に落ちた相手がたまたま同性だった…美しくも繊細なラブストーリー!『君の名前で僕を呼んで』
第90回アカデミー賞
17歳の少年エリオが恋した相手は24歳の青年オリヴァー。しかし、そこにはボーイズラブ的な禁断の愛の香りもなければ、LGBT映画特有の苦悩や葛藤もあまり見られない。誰でも経験したことのある初恋のときめき、喜び、感動、興奮、戸惑い、不安、そして痛みと悲しみ。そのすべてを、ひと夏のまばゆい思い出とともに鮮やかにフィルムへ刻み込んだ、美しくも繊細なラブストーリーだ。(文:なかざわひでゆき)
注目すべきは1983年という時代設定。もはや同性愛は深刻なタブーなどではないものの、しかし21世紀の現在ほど理解が進んでいるわけでもない。おのずと、セクシャリティーに比較的寛容なヨーロッパのリベラルなインテリ家庭で育ったエリオと、自由なようでいて実は保守的なアメリカからやってきたオリヴァーの間に微妙な意識のずれが生じ、それが抑えがたい恋愛の衝動と駆け引きに甘美なスリルを与える。
真っすぐだけど矛盾していて、確かなように思えて確信が持てない。その揺れ動く感情のひだを、ルカ・グァダニーノ監督は丁寧に細やかにすくい上げる。忘れかけていた若き日の情熱を追体験するような感覚に、思わずハッとさせられる観客も少なくないだろう。
もちろん、ノスタルジーを掻き立てるという意味でも時代設定の効果は抜群だ。舞台は北イタリアののどかで風光明媚(めいび)な田舎町。緑に囲まれた歴史を感じる美しい邸宅にはまばゆい木漏れ日が降り注ぎ、テラスでは家族や友人が食事に舌鼓を打ちながらにぎやかに談議の花を咲かせ、ラジオからはF.R.デイヴィッドの甘酸っぱい80'sユーロポップス「ワーズ」が流れる。
さりげなくも細部まで徹底してリアルに再現された1980年代。それはダンスフロアで踊る若者たちの、服装や髪型だけでなく動作にまで及ぶ。この生き生きとした時代の空気感があってこそ、観客はエリオとオリヴァーのロマンスに自らの初恋の記憶を重ね合わせることが出来るのだ。
知的で物静かで思慮深い美少年エリオを演じるティモシー・シャラメの、ナイーブな中に溢れんばかりの情熱を秘めた演技は、確実に本作最大の収穫だと言えよう。気になる相手にどう接して良いのか分からず、制御困難な10代の性衝動を持て余し、ついつい恥ずかしい行動をしてへこんでしまうあたりなど、男性なら誰でも身に覚えがあって微笑ましく感じるはず。
そんなエリオの熱い想いに突き動かされるようにして、自分のセクシャリティーと向き合い心を開いていくオリヴァー役のアーミー・ハマーも好演だ。また、そうした2人のラブシーンは大胆でありながらもロマンティックで、一歩間違えると下世話になりかねない性描写にも自由な恋愛の喜びが宿る。理解をもってエリオを見守る両親の暖かな眼差しも素敵だ。
恋に落ちた相手がたまたま同性だったというだけ。誰かを想い求める気持ちは男女のそれと変わらない。その普遍性こそが本作の革新性であり、それゆえ年齢性別を問うことなく誰もが素直に心を揺さぶられることだろう。なんとも愛おしい映画である。
アーミー・ハマーが!『君の名前で僕を呼んで』日本語字幕予告編