若い才能を徹底的に支援!アヌシー国際アニメーション映画祭(フランス)
ぐるっと!世界の映画祭
【第72回】
アニメーション映画祭の中でも最大規模を誇るフランスのアヌシー国際アニメーション映画祭(以下、アヌシー)。カンヌ国際映画祭からアニメーション部門が独立する形で創設され、カンヌ同様さぞ敷居が高いのだろうと思いきや……あれれ? 会場は学生たちでいっぱいで、上映前には紙飛行機を飛ばして遊んでいる! そんな若い力で盛り上がった第42回(2018年6月11日~16日)を映画ジャーナリストの中山治美がリポートします。(取材・文・写真:中山治美、写真:アヌシー国際アニメーション映画祭)
過去最高を記録
アヌシーは、ザグレブ国際アニメーション映画祭(クロアチア)、オタワ国際アニメーションフェスティバル(カナダ)、広島国際アニメーションフェスティバルと並んで、世界4大アニメーション映画祭に数えられる。
中でも最古の歴史を誇るのがアヌシーで、創設は1960年。以降、隔年開催などの紆余曲折を経て、1997年からは毎年開催。また 1985年には、マーケットMifa(Marche international du film d'animation)も併設された。
コンペティション部門は、長・短編の映画、TVフィルム、コミッションド・フィルム(広告)、卒業制作、その他特別賞などがある。他の映画祭と異なり、花形は長編ではなく短編部門なのが特徴。
短編の上映は何本かまとめて行われるが、1本終わるごとに客席の電気が点灯して監督が紹介されるという、アーティストへのリスペクトを表現する心配り。さらに賞の発表も、短編コンペティション部門が大トリで、一番最後だ。
ほか、制作途中の話題作をいち早く紹介するワーク・イン・プログレスやマスタークラス、野外上映、ミッドナイト・スペシャルなどイベント上映も盛りだくさん。今年は88か国から220作品が上映され、チケットセールスは11万5,000枚。パスの登録者は1万1,700人(昨年より17%増)。Mifaに至っては、パス登録者は75か国から3,800人(同22%)と11年連続で成長し、過去最高を記録した。
なにせMifaの参加企業・団体がスゴいのだ。ドリームワークスやピクサーなど大手スタジオをはじめとする1,736団体(同20%)。期間中は、AmazonやNetflixといった配信会社のラインナップ発表もあり、会場はどこも満員御礼。入場はMifaのパス保有者が優先なので、プレスパスの筆者は入場できなかったほどだ。今やアニメーション業界の重要なミーティングの場となっているMifaにフランス政府も着目し、2016年には当時のオランド大統領も視察に訪れている。
例年、日本からも多数の作品が参加しており、過去には宮崎駿監督『紅の豚』(1992)、高畑勲監督『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994)が最優秀作品賞を受賞。また昨年は、湯浅政明監督『夜明け告げるルーのうた』(2017)がクリスタル賞(グランプリ)、片渕須直監督『この世界の片隅に』(2016)が審査員賞受賞と、アヌシーでの受賞が後押しとなって日本でも大きな成功を収めたのは記憶に新しい。
上映前から気分は最高
国際映画祭といえば、レッドカーペットの上をスターが闊歩(かっぽ)し、上映後は着飾った紳士淑女が制作者たちにスタンディングオベーションをするのがお約束と思いがち。だが映画祭ごとに特色があって、アヌシーではかしこまった儀式はなし。
代わりにユニークな習慣が浸透している。それが上映前、観客がステージに向かって飛ばす紙飛行機と、客席の電気が消えてから映画が始まるまでにあちこちから聞こえてくる動物の鳴きまねだ。
プレス担当者にその由来を尋ねると「わたしたちもいつから、なぜ始まったのかわからないのよねぇ」とのこと。だが、どうやら様子を見ていると、紙飛行機の数は上映作品への期待値が高いほど多いようで、早く観たいというはやる気持ちを紙飛行機を作って紛らわせているようだ。
ただし紙飛行機の飛距離を伸ばすには高い技術を要し、ステージまで到達した暁には場内から一斉に拍手喝采が起こり、会場に一体感が生まれる。動物の鳴きまね(魚がエサをもらう時のパクパク音多し)も同様だ。
また映画上映前、東京国際映画祭をはじめ日本の多くの映画祭ではスポンサー企業のCMが流れるが、アヌシーではスポンサーのロゴが画面のどこかにさりげなく登場する“パートナーズトレーラー”というオリジナルアニメーションを流す。今年は少年が映画祭キャラクターのうさぎのぬいぐるみを持ってアヌシーの街を駆け抜け、家にいる弟に一緒に映画祭へ行こうと誘う内容だ。
その時もうさぎが登場すれば、会場から「ラパン!(フランス語でうさぎの意味)」、湖から魚がぬっと現れると「ポワソン!」(同・魚)の掛け声を上げる。大の大人が、だ。ここは、映画祭をとことん楽しもうとする、観客主導の映画祭なのだ。
多様な表現と活用に感銘
日本から長編コンペティション部門に選ばれたのは、細田守監督『未来のミライ』(公開中)と高坂希太郎監督『若おかみは小学生!』(9月21日公開)。『時をかける少女』(2006)以降、毎作、同映画祭で新作が上映され続けている細田監督が記者会見で、長編と短編の違いについて次のように語った。
「長編は予算の関係で商業性が求められるので、短編の方が作家性があったのですが、今は長編の中でも作家性が出てきているように思います」
その言葉通り、デニス・ドゥ監督がクメール・ルージュの悲劇を生き延びた母親の体験を描いた『フナン(原題) / Funan』(クリスタル賞)、父親がタリバンに連行された後、たくましく一家を支えようとするアフガニスタンの少女を描いたノラ・トゥーミー監督『生きのびるために』(審査員賞・観客賞・オリジナルミュージック賞)と賞に絡んだ2作が象徴しているように、忘れることのできない過去や実写カメラが写すことのできない地域の闇をアニメで再現することに挑んだ作家の思い入れが強い、社会派の作品が目立った。
対して短編はストーリー性よりも、エログロナンセンスの難解な内容が多かったが、その奇妙な世界を表現する技法が評価の対象となっているようだった。筆頭が、短編コンペティション部門でクリスタル賞を受賞したニンケ・ドゥーツ監督『ブルーイストラート11(原題) / Bloeistraat 11』は、ミニチュアセットと、透明アクリルに手描きされた人物を組み合わせたコマ撮りアニメーション。
空間に浮遊しているように見える人物が繰り広げる、ほろ苦い夏の体験という物語にマッチし、観客一人一人の記憶の中にある夏の記憶まで思い起こさせるようなはかなげな世界観が魅力的だ。
ほかスペシャルプログラムでは、音楽とアニメーションをテーマに、クラシックやオペラから着想を得た作品や、エストニアの人形アニメーションの老舗ヌクフィルムの60周年記念特集など多彩なプログラムが組まれた。
一言にアニメーションといっても3Dから手描き、人形を使ったコマ撮りアニメーションに、実写とアニメーションを合成したものなど多種多様。その中で、新たな映像表現に挑み続けるアーティストたちの熱意と創造力に刺激を受け続けた日々だった。
リクルートには大手スタジオも!
映画祭のメイン会場は、街の中心部にあるボンリュー芸術文化センター。一方のMifaは、そこからシャトルバスで約10分の距離にある4つ星ホテルのインペリアルパレスとなる。到着すると、とにかく人、人、人で熱気ムンムン。
マーケットでは商談のほか、企画マーケットやシンポジウムなどが催されるのは、どこの映画祭でも同じ。それに加えてアヌシーでは、若手監督とスナックをつまみながら交流できる場「スナックタイム」、さらに「リクルート」というのがある。文字通り、アニメーターの卵たちとスタジオの就職面接の場をMifaが提供しているのだ。アヌシーはとにかく学生の参加者が多いのだが、その理由がコレだ。
今年の志願者は920人以上で、参加企業は『怪盗グルー』シリーズのイルミネーション・マック・ガフに、『カーズ』シリーズなどのピクサー、ジョージ・ルーカス率いるILM(インダストリアル・ライト&マジック)など大手スタジオを中心に60社に上ったという。非公開ゆえ取材はNGだったが、志願者はレクチャーなどを受けた後、自分の作品を持参して面接を受けたという。
Mifaでは学生を対象にした公募企画ディズニー・アート・チャレンジや映画祭「レ・エスポワール・デュ・ラニマシオン / Les Espoirs de l'Animation」も行われているが、アニメーション業界と一体となって若い才能の育成から発表の場、そして雇用まで考慮した取り組みを行っており、こうした試みが業界全体の発展に繋がっているようだ。
最寄り空港はジュネーブ
アヌシーにはパリやリヨンから列車で入るか、車で約40分のスイス・ジュネーブ空港から向かうのが一般的。
映画祭に申請すれば、ジュネーブ空港~宿泊先間の往復シャトルタクシーをお得な価格で手配してくれるので、初心者でも難なくアヌシーにたどり着くことができる。
ただしホテルの数が少なく、学生寮のようなアパートメントか、山の方にある冬のスキー客用の宿泊施設になってしまうこともあるので早めの予約が必要だ。
現地に着いたら映画祭アプリをダウンロードすれば無問題。各映画祭ともアプリを活用するのはもはや常識だが、アヌシーのは優れもの。パス保有者なら、鑑賞の予約・キャンセルは1時間前までOK。
観客投票もアプリでできれば、映画祭参加者同士のメールのやり取りもアプリ内でできる。
ほか、アヌシーの観光・レストラン情報にもアクセスできる。さすが、最新機器を活用して作品制作を行っている人たちが集まる映画祭は違う。
さらに会場周辺には、「i」と描かれた羽根を背負ったインフォメーション・スタッフが多数いるので、困った時は彼らに尋ねればOK。
映画の出品者だけでなく、映画祭運営に携わる人たちにもぜひアヌシーを訪れて参考にしてほしいところである。
来年は日本特集
アヌシーでは毎年、1つの国にフォーカスした特集上映を行っており、2017年の中国、今年のブラジルと続いて、来年は日本に決まった。
2017年は、日本初の国産アニメーションが誕生して100周年を記念して、国立映画アーカイブ(旧:東京国立近代美術館フィルムセンター)が所蔵していた初期アニメーションをデジタル修復し、「日本アニメーション映画クラシックス」と題してインターネットで公開したばかり。
今年フォーカスされたブラジルにちなんだコンサートなども開催されたが、来年はどんなプログラムになるのか注目だ。
また2019年9月には、韓国・ソウルでアヌシー・アジア国際アニメーション映画祭の開催も予定されており、アヌシーのアジア進出が注目されている。
実写映画では同じフランスのカンヌ国際映画祭が世界最高の権勢を誇っているが、アニメーション業界もフランスが牽引していきそうな勢いだ。