餃子の街のレトロモダンな映画ビル
ラジカル鈴木の味わい映画館探訪記
郷愁そそる北関東へまた、今度は連載初の栃木県、人口約52万人の県庁所在地、餃子の街・宇都宮。僕は、埼玉から栃木の高校に通っていたので、何度か餃子を食べに行った。全国2位の生産量を誇るニラ畑。訪れるのは35年ぶりで、諸々新しくなったが、漂う香ばしいニラ&にんにくの匂いは同じ。主人公が都市化の波に逆らい農業を続ける、根岸吉太郎監督の『遠雷』(1981)の舞台でもあり、描かれるテーマは今日ますます大きな意味を持つように感じる。
約1キロの距離のJRと東武の駅の間の中心街。栃木県出身の斉藤和義の曲になった、東西500メートルのアーケード「オリオン通り商店街」。中小企業庁の「がんばる商店街30」に選出され、今も賑わう。屋根あり屋外イベント広場オリオンスクエアの隣、JR宇都宮駅東口から徒歩1分の立地に60年の歴史の、昭和の香り漂うゴージャスなビルがそびえ建つ。市内は、中心部からは車で行く距離にシネコンが2つ。ピーク時は繁華街に15館もの映画館があったが、現在ここが唯一。
今月の名画座「宇都宮ヒカリ座」
「プラザヒカリ」ビルはパチンコ、ゲームセンター、飲食店の総合娯楽施設。小山市開催の「おもいがわ映画祭」設立など、栃木の映画文化の立役者・柳勲(やなぎ・いさお)氏が1955年に宇都宮ヒカリ座を創業した。1973年、現在のビルを建て地下に映画館を(1スクリーン)、1995年にキャバレーだった5階に2スクリーンを増設。ヒカリ座 1(B1F)258席 、 2(5F)140席、 3(5F)72席となる。東映など数社への貸出しを経て、現在は長男・柳健氏が代表。系列には県内の「シネマロブレ」、2007年「小山ゆうえんち」跡地に開業した「シネマハーヴェストウォーク」がある。
1階はゲームセンター、ヒカリ座2.3へは5Fのエレベーターで。出てすぐに券売機、スタッフにお金を渡すと、機械のボタンを押しチケットを買ってくれて、渡されて入口へ、という独特のシステム(笑)。B1ヒカリ座1も同じ。売店にはチップスター等のお菓子とパンフレット。持ち込みもOK、全席自由。椅子はベロアでふわりと心地よく、平日はあまり混まずゆとりがある。
単館系、アート系メインのラインナップが好評
2012年頃から単館系、アート系に絞ったプログラムが評判に。トークショーなどのイベントも盛んに行う。この路線を築いたのは、2003年から支配人の三井覚さん。
「わたしが就任した2003~4年に郊外に二つのシネコンが出来まして、余波で近隣にあった3館、10スクリーンが閉館になったんです。2006~8年頃が一番厳しかったです。当時、『グッバイ、レーニン!』(2003)や『永遠のマリア・カラス』(2002)を上映したら意外と反応が良くて。フィルムからDLP(デジタル・ムービーシステム)の導入によって東京の上映作品が遥かに早く届くようになりました。価値観が多様化しているので、観客の好みに合わせるのではなく、劇場独自の色を出し、3スクリーンで同時期にマックス9~10作品を、2週間限定で、年間200本を上映します。もっとスクリーンが欲しいくらいです(笑)」。選定は、グループの総支配人と、三井さん、そして30代の番組担当の3人体制。「若いスタッフが東京で観てきて、候補として番組会議に上げます」
支配人・三井覚さんに訊く
51才、東京・台東区で生まれ育つ。「最初に観たのは浅草の、東宝系の劇場だったと思いますが『日本沈没』(1973)です。とっても怖かったですね(笑)」。大学卒業後、遊技業関連会社を経て、2001年に(株)プラザヒカリに就職、2003年より宇都宮ヒカリ座の支配人に就任。
「初めて担当した舞台挨拶は、2008年の若松孝二監督です。その後、高橋伴明監督や、大勢の方にいらしていただきました。個人的には、同い年ということもあり、ずっと有森也実さんのファンでして(笑)。ヒカリ座にも何回か来ていただいて感激しました。これからも活躍していただきたいですね」
隣のビルにあるFM放送局「ミヤラジ」(アプリも有)で、毎週金曜日夜9時からの番組「We are Movie Lovers」内で「最近のヒカリ座事情」を月1で放送され、三井さんも時々出演しているという。これぞ名画という1本を挙げていただくと、「『アドルフの画集』(2002)は凄く良かった! 独裁者になる前の売れない画家時代のヒトラーを描いた作品ですが、ジョン・キューザックふんする画商が死に、そこを去るアドルフの後姿……たまらなかったですね~」
餃子、カクテル、ジャズ、サイクリング…名物あれこれ
宇都宮について三井さんは、「良い店が多く、人も優しいです。餃子やカクテルとコラボした企画を考えていますが、それとは別に映画祭をやりたいです。名物のイベントは盛り上がっていますが、さらに映画の街も加えたいですね」という。
昨年、1世帯当たりの餃子消費額ナンバーワンを4年ぶりに浜松市から奪回。夏には発足25年の「宇都宮餃子会」が第20回「宇都宮餃子祭り」を開催。300店舗が本丸町の宇都宮城址公園に集結した。今や14万人以上の観光客が来場している。「全国で食べられている焼き餃子は宇都宮が発祥で、満州から引き揚げてきた人々が始め、普及しました。ヒカリ座の向かいにある中華料理『明朗飯店』の餃子は、ナンバーワンです。あと、焼きそばも名物なんですが『石田屋やきそば店』は最高です」
カクテルも名物で、日本一になったバーテンダーが若手を育成し、多数の名店がある。また高崎市を取材したときに宇都宮市とコラボしたと聞いた自転車レースは、こちらがメッカ。自転車専用レーンやサイクルスタンドが多数あり、プロチームの宇都宮ブリッツェンがあり、「ジャパンカップサイクルロードレース」を開催。ジャズ祭も有名だ。
『キスできる餃子』など地元映画を先行上映
各都市同様、ロケ誘致も盛ん。三重県・桑名市が舞台の『クハナ!』(2016)に続く秦建日子監督作『キスできる餃子』の先行上映は大盛況。主演は足立梨花。市内の餃子店、宇都宮駅、大谷資料館などで撮影が行われ、まさに地元発信型の地元の情熱が盛り込まれた作品。
また8月には『YOU達HAPPY映画版 ひまわり』も先行上映。過疎化が進む栃木の那須烏山市を舞台にした町おこしムービーで、プロの俳優と地元の高校生が共演。発起人のTUBEのボーカル・前田亘輝も出演している。「企画段階から話を聞き、全面的に協力しました。凄く盛り上がりましたね」
映画館の存在意義とは?
懐かしい映画ポスターデザイナーの野口久光、世界的ジャズプレイヤーの渡辺貞夫、高内春彦、歌手の森昌子、カヒミ・カリィ、みな出身者。斉藤和義は他にも「ずっと好きだった」のプロモーションビデオをオリオン通りのパン屋さんの屋上で撮影。「オリオン通りは、劇場同様に2003年を境にどん底を経験しました。元々物販の商店街ですが、後に飲食店に貸したりして、2012年くらいから活気を取り戻しています」
映画館の存在意義について尋ねると「街に一つ映画館がないと衰退してしまいます。皆さんに映画を観ていただくことが街への恩返しであって、そして続けていくしかありません」と三井さん。
ランチタイムには「香蘭」で焼き餃子と水餃子を、ひと皿6コが何と250円、安い! 2軒ハシゴし、4皿食べちゃった。女子高生が学校帰りに食べるのも納得。大満足、夕暮れの「オリオン通り商店街」を、歌詞を口ずさみながら人の群れに乗りつつ、帰途についた。
映画館情報
宇都宮ヒカリ座
〒320-0802 宇都宮市江野町7-13
TEL : 028-633-4445
公式サイト
Facebook:@uhikariza
1(B1F):258席
2(5F):140席
3(5F):72席
ラジカル鈴木 プロフィール
イラストレーター。映画好きが高じて、絵つきのコラム執筆を複数媒体で続けている。