間違いなしの神配信映画『ヘイト・ユー・ギブ』FOXデジタル配信
神配信映画
注目の監督編 連載第3回(全6回)
ここ最近ネット配信映画に名作が増えてきた。NetflixやAmazonなどのオリジナルを含め、劇場未公開映画でネット視聴できるハズレなしの鉄板映画を紹介する。今回は全6作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
理不尽さが胸に迫るブラック・ライブズ・マターを力強く訴える社会派ドラマ
『ヘイト・ユー・ギブ』FOXデジタル配信
上映時間: 133分
キャスト:アマンドラ・ステンバーグ、レジーナ・ホール、ラッセル・ホーンズビー
子供たちが家の前の道路で遊び、人々が行き交う。どこにでもあるような日常の風景だ。カメラが一軒の家の窓から室内を映し出すと、家族5人がそろってテーブルに着く様子は一家団欒(だんらん)のように見える。だが、父親(ラッセル・ホーンズビー)は真剣な表情で幼い子供たちにこう言い聞かせている。
「パパが運転中に悪いことをしていなくてもサツに止められたら、ダッシュボードに両手を置いて、警官を刺激しないように絶対に手を動かすな」
この時、主人公のスターは9歳、異母兄セブンは10歳、弟セカニはまだ1歳だった。白人警官による黒人への暴行事件(ポリスハラスメント)への対処法を、幼い子供たちに親が説く。「これが日常なのか……」と改めて憂鬱な気持ちになる、このオープニングシークエンスが象徴するように、本作は青春ドラマの体裁を取りながらブラック・ライブズ・マター(黒人差別を批判するスローガン)を力強く訴える社会派ドラマである。
ギャングが闊歩(かっぽ)しドラッグが蔓延する地元から、車で45分もかかる白人地区の私立学校に通うスター(アマンドラ・ステンバーグ)。ある日、久々に再会した幼なじみのカリル(アルジー・スミス)に車で家に送ってもらう途中、理由もなくカリルは白人警官に射殺されてしまう。怒りを爆発させる住民に対して、地元ギャングを仕切るキング(アンソニー・マッキー)ら自分たちの利益を優先し、無関心な黒人もいて黒人社会にもまた分断があることが見て取れる。
これは白人社会での自分と地元での自分を使い分けているスターが、カリルや地元の貧困層を見捨てたように感じている「後ろめたさ」にも通じる。そうした複雑な思いに葛藤しながら、「黒人としての誇りを忘れるな」といった父親の言葉の意味を実感し、「今度こそ自分を偽らない」と決意して声をあげるスター。その心情の変遷が丁寧につづられており、思いっきり感情移入してスターの決断を応援せずにはいられない。
重い題材を扱っているが、アンジー・トーマスによるベストセラーとなったヤングアダルト小説「ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ」を映画化した本作は、90年代のポップカルチャーを散りばめながらテンポよく、恋愛や友情などの要素も色濃い(そうした何気ない日常を通して“無意識の差別”が潜んでいる現実を伝えている点が優れた作品でもある)。
何よりスター役のステンバーグの感情豊かな表情に、とびきりの笑顔のまぶしさといったら! もう、それだけで生きていることの喜びが伝わってくる。だからこそ、「黒人だから」という理由だけで命を奪われたカリルの理不尽さが、一層胸に迫るものがある。
劇中、悲劇的な死を遂げたヒップホップ界のレジェンド、2パックさんが作ったフレーズ「Thug Life」について、スターとカリルが会話をするシーンがある。これは「The Hate U Give Little Infants, Fuck Everybody」の頭文字を取った略語だそうで、映画では「憎まれて育った子供が大人になって社会に牙をむく」と説明される。そう、本作が真に伝えたいメッセージとは、「憎しみの連鎖をいかにして断ち切るか」なのだ。理不尽な現実に憤るスターと家族は、どんな決断を下すのか? 自分だったらどうだろうかと考えずにはいられない親しみやすさが、本作の最大の美点だと思う。
本作はアメリカではトロント国際映画祭で上映された後、2018年10月5日に公開された20世紀フォックス配給作品。批評家の高い評価を獲得し、36の劇場からスタートした興行は最終的に2,300以上の劇場での拡大公開となるヒットを記録した。監督は『ソウル・フード』(1997)のジョージ・ティルマン・Jr。『ノトーリアスB.I.G.』(2009)や『バーバーショップ』シリーズ、『マッドバウンド 哀しき友情』(2017)など黒人映画の良作・意欲作を監督・プロデューサーとして手がけてきた。しかしながら本作を含む作品群の多くが、日本では未公開扱いであることを改めて残念に思う。(文・今祥枝)