日本映画でアメリカの人々に文化を伝える映画祭が方向転換!
ぐるっと!世界の映画祭
【第80回】(アメリカ)
ドキュメンタリー映画『アラフォーの挑戦 アメリカへ』(すずきじゅんいち監督)の主演女優・松下恵が、同作を引っさげて現地時間2018年8月18日~19日にアメリカ・ロサンゼルスで行われた第13回ジャパン・フィルムフェスティバルLAに参加しました。本作が選ばれたきっかけには、深いルーツが。というのも、本映画祭の前身チャノマ映画祭を立ち上げたのが、松下の義父でもあるすずき監督なのです。(取材・文:中山治美、写真:松下恵)
LAの夏の風物詩
日本映画を通して、アメリカの人々に広く日本文化を伝えるジャパン・フィルムフェスティバルLA(主催:日米メディア協会)は、2008年に創設。今やロサンゼルスの夏の風物詩となっている二世ウィーク日本祭りの期間に、同じリトルトーキョーにある全米日系人博物館と、オレンジカウンティのニューポートビーチ東本願寺の2会場で行われている。
前身は当時、ロサンゼルスに住んでいたすずきじゅんいち監督が2003年にはじめたチャノマ映画祭。2000年代初頭、海外で注目される日本映画といえばバイオレンスや猟奇的な事件を描いたサスペンス劇が中心。日本人に広く愛されている家庭劇で、国や国籍を超えて家族について語り合っていこうと、すずき監督の作品を中心に開催された。
しかしその後、時代の変化と観客の多様な趣向に応えるべくバラエティーに富んだ作品をセレクトする方向へと舵を切り、映画祭名もジャパン・フィルムフェスティバルLAと一新して2008年から再スタートを切った。
第13回の上映作品は『アラフォーの挑戦 アメリカへ』をはじめ上田慎一郎監督『カメラを止めるな!』、齊藤工監督『blank13』など長編14作品と短編9作品が上映された。
「はい、参加できたのは“創設者特権”です(笑)。チャノマ映画祭時代に出演作『秋桜 コスモス』(1997)が上映されてはいるのですが、当時わたしは日本にいたので、あまり映画祭のことは知りませんでした。監督や母(女優・榊原るみ)は、ジャパン・フィルムフェスティバルLAになってからも、お手伝いしていたようです。今回は、オレンジカウンティでも上映されると知り、撮影でお世話になったコスタメサの方々にも観てもらえると思い参加しました」(松下)
“アラフォー”凱旋す
ドキュメンタリー映画『アラフォーの挑戦 アメリカへ』は、アラフォーで実家暮らしの松下が、一念発起してアメリカへ語学留学するドキュメンタリー。人生の岐路に立っていた松下が、ボランティア活動に励む一家、熟年カップル、ゲイカップルなどさまざまな人たちと出会い、インタビューを重ねることで多様な生き方があることを知り、母親からの「結婚しなさい」という呪縛や、「早く子供を産まなければ」という世間一般の“常識”から解放されていく姿が描かれている。
しかし本来の企画は、本作のプロデューサーでもある、カリフォルニアで4校の語学学校の運営とホームステイプログラムを提供している青井ゆかりから「海外留学する日本人が減少していることから、なんとか海外に目を向けるような映画が作れないか?」という提案だったという。
「撮影に入った当初も、日米の生活や習慣の違いがテーマだったんです。それが次第に、アラフォーの婚活物語というか、わたし自身の悩み相談のような内容になりました(苦笑)」(松下)
上映会場には劇中にも登場している出演者をはじめ、約100人が鑑賞に来たという。日本なら共感を呼ぶテーマかもしれないし、同情してくれる人も多いかもしれない。しかし、ここは個の生き方を尊重し、意思表示もはっきりしているアメリカ。上映後の反応は、なかなか辛辣(しんらつ)だったようだ。
「『それで、あなたはこれからどう生きていきたいの!?』と単刀直入に聞かれました。それに対して『結婚がゴールじゃないと思うけど、でも結婚はしてみたいんですよねぇ……とふにゃふにゃと答えてしまいました。きっとはっきりモノが言えない日本人だと思われたでしょうね。アンケートにはこんなことも書かれていました。本作の英語タイトル『Wake Up in America』(アメリカでの目覚め)に引っ掛けて、『She never wakes up』(彼女は決して目覚めない)と。そういう風に見られているんだ! アメリカ人ってなんて正直なんだと思いました(笑)」(松下)
松下があっけらかんと話すのには訳がある。映画の中に映っているのは昨日の自分であって、胸の内を吐露した今とは違うようだ。
「(本作を撮影した)2018年はやっとわたしの人生が動き出したという感じがする。この映画が、『あんた起きなさいよ』とわたしの手を引っ張って、たたき起こしてくれました」(松下)
本作で現場スタッフと意見を交換しながら撮影に携わった松下は、女優業だけでなくプロデュースにも興味を抱き始めたという。そんな松下の変化に、母親で女優の榊原るみが(結婚できない状況を)「開き直ってる」と突っ込めば、すずき監督は「すごく明るくなった。カリフォルニアマジック」と評している。良くも悪くも、本作が松下の人生を大きく変えたようだ。
LA会場に羨望
『アラフォーの挑戦 アメリカへ』の上映は8月18日、オレンジカウンティのニューポートビーチ東本願寺での1回上映。19日は表彰式の出席も兼ねて、ロサンゼルスの全米日系人博物館へと赴いた。
映画祭開催時は、リトルトーキョーの夏の風物詩・第78回を迎えた二世ウィーク日本祭りも行われており、街全体がにぎわっていたという。
「両会場の距離は車で約1時間半(約65km)と離れており、2つの会場を行き来するのは難しいですね。ロス在住の友人には、簡単には『ニューポートまで観に来て』と誘いづらかったです。何よりチケット完売となった『カメラを止めるな!』(2018)の上映が盛り上がったそうで、ロスの会場をうらやましく思いました」(松下)
また表彰式前に上映された、桃井かおり監督・主演の映画『火 Hee』(2016)を鑑賞。現在、米国で暮らす桃井には、『アラフォーの挑戦 アメリカへ』への出演を依頼したが、断られた経緯があるという。
「企画書を送付したところ、『わたし、たった一人の女性のちっぽけな悩みに付き合っていられないわと思った』との返事を頂戴しまして、思わず『その通りでございます』と納得してしまいました(苦笑)」(松下)
桃井からは、映画祭での振る舞い方を学んだという。上映時も、在ロサンゼルス日本国総領事公邸で開催されたレセプションでも、積極的に参加者に話しかけ、ロサンゼルスで映画を製作し続けていきたいことをアピールしていたという。
「ドキュメンタリー映画『ビハインド・ザ・コーヴ~捕鯨問題の謎に迫る~』(2015)の八木景子監督も積極的に売り込んでいました。『アラフォーの挑戦 アメリカへ』の撮影で約1か月、アメリカに滞在して随分とずうずうしくなったと思っていたのですが、わたしは彼女たちを尻目に横でただ座っていただけ。まだまだです」(松下)
受賞結果は『カメラを止めるな!』が最優秀作品賞、桃井は最優秀監督賞を受賞した。そして『アラフォーの挑戦 アメリカへ』へは、特別感謝賞が贈られた。
留学中できなかったことを満喫
東京からロサンゼルスまでは、直行便で約10時間。今回、松下の渡航費は自腹で、現地在住の青井ゆかりプロデューサーの自宅に宿泊した。滞在中は、劇中にも登場する語学学校へ赴いて久々に授業を受けたり、ホストファミリーと再会したり、ディズニーランドへ遊びに行くなど観光にも勤しんだという。
「実は撮影の1か月間は毎日、語学学校かインタビューという日々で、周辺を観光する時間もなかったんです。ただ、スケジュールは、車を持っているプロデューサー次第。今回の映画祭でも“Uber Taxi”を活用してなんとか移動していましたが、改めてアメリカは車社会であることを実感しました」(松下)
ジャパン・フィルムフェスティバルLAでのワールドプレミア上映を経て、映画はいよいよ4月6日から日本公開される。
「わたしのような悩みを抱えている人は多いと思います。その方たちにとっても、何か新しい道が開けるきっかけになればうれしいです」(松下)
本映画祭で「She never wakes up」(彼女は決して目覚めない)とまで言われた松下だが、少しずつ、自分のペースで目覚めはじめたようだ。
どうなる?LAの日本映画祭
ロサンゼルスでは本映画祭のほか、NPO法人ジャパン・フィルム・ソサエティー主催のLA EigaFestが2011年に創設された。日本から山田孝之、青木崇高らゲストを招いて華々しく開催していたが2015年が最後となっている。
そして2019年11月には新たな日本映画祭 Japan Cuts Hollywood(主催:南カリフォルニア日米協会)が立ち上がる(本映画祭も2019年8月開催予定)。
日本映画が上映される機会が増えるのは良い傾向だが、作品の奪い合いにならないか……。動向に注目したい。