吉祥寺の新たなカルチャー発信源「アップリンク吉祥寺」
ラジカル鈴木の味わい映画館探訪記
昨年12月、吉祥寺パルコ地下2階に5スクリーンのミニシアター・コンプレックスがオープン! 吉祥寺と言えば「バウスシアター」だったが2014年に惜しくも閉館。劇場は他に3館あるが、「ユーロスペース」と共に渋谷のミニシアターの歴史を創った象徴「アップリンク」が、渋谷から井の頭線で一本、サブカルチャーの聖地、お洒落なカオス、住みたい街ランキング上位の吉祥寺に登場。これほどしっくりくる場所も他にない。
今月の名画座「アップリンク吉祥寺」
おお、まるでクラブのようにイカしてる~! 受付のミラーボールは渋谷のクラブ「WOMB」からの寄贈。カウンターには、100年前のレシピで10種以上のスパイスを調合したクラフト「伊良(いよし)コーラ」、添加物の少ないソーセージを使ったホットドッグやナチュラルワイン、というこだわり。「アップリンク渋谷」と同様ギャラリー・スペースもある。
場内がまたお洒落! それぞれ呼称があり「POP」(63席)は、吉祥寺ユザワヤで選ばれた布のカラフルな椅子がランダムに配置、壁紙も作家モノでポップ! 7色の座席の「RAINBOW」(52席)は、ピンと来たけどLGBTがテーマ。「RED」(98席)は、シートは赤と黒が基調の大人のスペース。「WOOD 」(58席)は壁が木調、間接照明の温かな光の落ち着いた部屋。「STRIPE 」(29席)は一番小さく、椅子は赤や青のストライプ、壁紙はウィリアム・モリスでキュート。キャパシティー優先だが、なるべく部屋の雰囲気に合った作品を上映する。
映画のために建てていないので天井が低く、限られたスペースを有効に活用するため各所を工夫。頭が被らないよう椅子をズラして配置したり、座高を変えて調整。スクリーンは太鼓張りで角丸。また、田口音響研究所の平面スピーカーを世界で初めて映画館に採用。「波の音が耳まで迫ってくる」など、反響は上々だという。
アップリンクって?
アップリンクは、映画館、ギャラリー、飲食店のほか、映画、テレビドラマ、ドキュメンタリー企画製作・配給、ソフトの販売も行う。1987年、上大崎のアパートの一室からデレク・ジャーマン監督の作品を配給し、バウスシアターで上映。吉祥寺とは縁がある。以降、ジャーマン作品は製作から手がけ、ブームに。1993年に渋谷のファイヤー通りに移転し、1999年、上映とイベントを行うカフェ・シアターUPLINK FACTORYを。さまざまな椅子や家具、ソファーやクッションがあり、まるで民家のようだった。「DTPで自費出版で雑誌が作れるようになり『骰子(ダイス)』を発行して、関連の催しをやる場を作りたかった」。と代表の浅井隆さん。
そもそも、アップリンクとはどんな意味なのか。「衛星通信用語で、地上から人工衛星にデータを発信すること。逆はダウンリンク。既存の概念を超え、未知の領域までコントロールする。そんな感じかな。今年で31年、いろいろやってきたのは飽きっぽいから。映画の配給はテーマがどれも違うから、繰り返しがない。今業務の半分が映画館の運営になり、これからは東京以外にも創りたい。ウチだけでやれることは限界があるから、行政やデベロッパーと協力できるといいです」
代表・浅井隆さんに訊く
「ここは本当の意味で観たいものを選べる。通常のシネコンって10~15スクリーンあるけど、メジャー系のみで、実は同じ守備範囲のものしかない。アート系やドキュメンタリーはなく、本当のチョイスは出来ない。今、インディーズの方が元気があるし、盛り上がっていて、ブームを感じる。最近も山戸結希プロデュースの『21世紀の女の子』や西原孝至監督の『シスターフッド』は評判だったし、商業劇場でかかる率はどんどん上がっている」
1955年大阪生まれ。1974年に上京し、寺山修司の「天井桟敷」で舞台監督に。劇団は渋谷・明治通りの並木橋付近にあり、1973年にパルコパート1が出来、通りが「公園通り」となり、他にも「渋谷ジァン・ジァン」や「西武劇場」(のちのパルコ劇場)などがあって、独自の文化が花開き出した時期。公演で世界のシアターやカフェ&ギャラリーが一体になった拠点を見る。「1970年代の映画や音楽やアートがごちゃまぜの感覚が好きだったね。ニューヨークにブロードウェイがあって、オフ・ブロードウェイがあるように、小さくともカルチャーのホットスポットを作りたかった。さまざまなイベントが行われ、来たら何か面白いことがある。そういうジャンルをミックスすることに興味がある」
デレク・ジャーマン、アレハンドロ・ホドロフスキーの思い出
一連のジャーマン作品の他製作から携わったのは『愛の悪魔/フランシス・ベイコンの歪んだ肖像』(1998)、『I.K.U.』(2000)、黒沢清監督『アカルイミライ』(2002)など。配給、公開作品は、ドキュメンタリー映画では『おいしいコーヒーの真実』(2006)、『未来の食卓』(2008)、音楽ものでは僕が大好きなレゲエ映画のスタンダード『ロッカーズ』(1978)をはじめ『ソウル・パワー』(2008)、『ノーコメント by ゲンスブール』(2011)、『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』(2014)など。ドキュメンタリーは社会的なテーマのものと心を豊かにするアート系と、両方が必要だという。『ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ』(2011)、『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』(2014)、ほかヴィダル・サスーンや美輪明宏の映画も観た。
関係の深かったジャーマンはどんな人だったか。「誰に対してもフェアで、もったいぶったりハナにかけることは一切なかった。若い才能への支援も惜しまなかったし」。また『エル・トポ』(1970)の奇才アレハンドロ・ホドロフスキー監督作『エンドレス・ポエトリー』(2016)を製作したときは、「今年90歳になるけど、86歳の当時、現場を見て、サイキックでも呪術的でもなく、グルみたいなエネルギーがあふれているのかと思いきや、ちゃんと演出をしていて、普通の監督だったのに逆に驚いた。あのカルトな大家を来日させ、座禅大会もやりました」
変化を拒否せず、新しさを取り入れることが大事
「いま、自分で撮影、編集して映画が出来る時代です。作り手も増え、受け皿が必要。自社配給に限定せず、今、その時に、ココでしか観られない作品を中心に構成しています。吉祥寺では、セントラル・サーバーに上映映画のデータを全部入れて、そのサーバーから100%ストリーミングでの上映を行っていて、ます。ストリーミング用のサーバーがある劇場は日本初です」
新たな方法を常に模索。「“どう届けるか”はずっと意識しています。映画は、観られる時が観たい時。それに応えるため、2016年に、上映中の作品を観られるオンライン映画館『UPLINK Cloud』を開始しました。仕事が忙しい人、地方に住んでいる人、子育てや入院中の人も、場所も時間も関係なく観られる。劇場から足が遠のくよりも、映画に触れないことの方が問題。配信で観て、逆に来てくれるかもしれない。多くの人に映画が届けばいい。製作・配給の作品は可能な限り、並行してクラウド化しています」
リアルとバーチャルの両方がないとこれからは勝てないし、文化は育たないという。「“場”は重要。渋谷は20代の若者も多く訪れている。さらに、1970~80年代のWAVEとかスタジオ200の西武文化を知っている人も今50代前後で、ウチがその受け皿になっているのかも。カルチャーをビジネスとして成り立たせたい。大ヒットを目論むと、誰にでも受けるような内容にする。もちろん大作の方が効率がいいし収益が上がる。だけどアップリンクは“文化的多様性”で抗う。メガヒットによる均質化から多様な文化を守りたい。でないと消費されるだけになってしまう」
昔も今も、書を捨て町へ出よう
現在のイチオシは5月31日公開の『氷上の王、ジョン・カリー』。「オリンピック選手で、ゲイで自分のカンパニーを設立し、エイズで亡くなるんだけど、クイーンのフレディ・マーキュリーに勝るとも劣らない存在だと思います」。暗闇で没頭する、密かな映画の愉しみ。「若い人は、産まれたときからスマホがあって、現実とバーチャルの境が薄い。映画は現実逃避だから、見過ぎてリアルよりも接する時間が多いのも、ちょっとね。映画を観てわかったつもりでいるより、リアルな恋愛をした方がいい。昔も今も、やっぱり“書を捨て町へ出よう”だよ」
お薦めのお店を訊くと「アップリンクの店ですけどTabelaは僕自身、夜も昼も食べていて、いい雰囲気で、リーズナブルでお薦めです。吉祥寺はこれから開拓しますよ(笑)」。とりあえず、ハモニカ横丁でカレーを食べて帰った。
映画館情報
アップリンク吉祥寺
〒180-8520
東京都武蔵野市吉祥寺本町1-5-1パルコ地下2階
TEL: 0422-66-5042
公式サイト
Twitter:@uplink_joji
Facebook:@uplink.joji
ラジカル鈴木 プロフィール
イラストレーター。映画好きが高じて、絵つきのコラム執筆を複数媒体で続けている。