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インディーズ魂の震源地K's cinema

ラジカル鈴木の味わい映画館探訪記

K'sシネマ全景
映画館には見えない、おしゃれなファッションビル。

 “新宿武蔵野館”以来の新宿駅・東南口、新宿3丁目エリアへ。甲州街道の向こうにサザンテラスが出来る前、この辺はヤバかった。日雇い労働者が多く、簡易宿泊所、馬券売場、それらの御用達の呑み屋、そして、スジモンの常連さんも多い任侠映画の名画座「新宿昭和館」があった。専門学校生の僕は『網走番外地』(1965)の他2本を観たが、上映と共にライターが灯り、何本もの煙りがスクリーン前に立ち上る、今ではあり得ない光景を見た(笑)。

今月の映画館「K's cinema(ケイズシネマ)」

 それは昔のハナシ。今も裏路地に名残りはあるが、周辺再開発でかなりクリーンになった。あれ、確かここだったよね? JR新宿駅・東南口から徒歩3分、地下歩道E9出入口から1分。ネイル専門店、セレクトショップ、レストランの何とも洒落た建物、これが跡地に建った昭和館ビル。映画館はエレベーターで3階へ上る。外光がたっぷり入り、テーブルと椅子、ソファー、温かい色調のサロン風のロビーは喧騒を離れ穏やかな空間。カウンターで当日の整理番号付き入場券を購入、席指定はナシ。ドリンクの自売機以外ないが飲食の持ち込みはOK。

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JR新宿駅・東南口
JR新宿駅・東南口、左は甲州街道。

 1スクリーン、84席と小規模だが、天井は高く、黒と赤のデザインはモダン、シートの間隔はかなりゆとりを持って取られ、すべての列に段差、前の座席と頭は邪魔にならない。椅子も大きくフカフカ、お尻も痛くならない。オープン15年の去年、空調の取り替えに伴い、スクリーンを張り替え、スピーカーも交換、座席も絨毯も替えたばかり。いや~、あまりにも気持ち良すぎる。

 今回鑑賞したのは『ブラ!ブラ!ブラ! 胸いっぱいの愛を』(2018)。上映中の他の作品はミュージシャン友川カズキのドキュメンタリー『どこへ出しても恥かしい人』(2019)、日台合作『恋恋豆花』(2019)。映画の街・新宿で、周りとかぶらない通好みなチョイスは定評がある。

“映画館は残したい”との思いから

 K's cinemaは、以前あった昭和館の路線変更ではなく、同じ場所に全く違う劇場ができた、と捉えたほうがいい。

エレベーター内のマット
建物をイラスト化したエレベーター内のマット。

 1932年、この地に新宿昭和館が開館。当時この界隈は武蔵野館の他3館が集中して林立。戦争を経て再開、新東宝の封切館に。1956年、地下に昭和館地下劇場が開館し、先日亡くなった梅宮辰夫兄ィの『不良番長』シリーズなどが上映される。

 1958年には、名画座に。1965年東映任侠映画の週替り3本立ての専門館となり、閉館までこのイメージで、朝早くから割引チケット入手のために長い行列ができた。1975年、地下劇場が成人映画専門に。2002年、老朽化から閉館。

 その後2004年昭和館ビルが完成、代表が映画館は続けたいと希望し、開館する。名の由来はオーナー兄弟の名の頭文字が共にKだから。以前とは180度違う女性向けのミニシアターとなった。

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他でやらない作品が馴染む、アングラ文化の土壌

 支配人の酒井正史さんは1960年生まれ、金沢で高校生時代を過ごし、大学入学と同時に上京。大井武蔵野館のアルバイトから武蔵野興業に入る。中野武蔵野ホール、新宿武蔵野館で働き、その後昭和興業へ移籍。K's cinemaに開館当初から勤務、10年前に支配人に。

カウンター
シンプルなカウンター。

 「田舎の高校生で情報に飢えてました。大学時代は、高田馬場のパール座や、文芸坐、大塚名画座、早稲田松竹などの名画座で、アカデミックなもの、娯楽作品、何でも観ました。80年代当初のミニシアターは岩波ホールくらいで、90年代は単館系の作品も上映後ビデオ化し、テレビに放映権が売れて何とかなっていましたが、今ソフトは売れませんから、単館系でやっていたようなヨーロッパの作品などは公開されにくくなりましたね」

ソファー
ソファーに座って、外の雑踏を見下ろす。

 開館当初の想い出は?

 「『リンダ リンダ リンダ』(2005)は、渋谷、吉祥寺、新宿のウチで公開されたんですが、新宿はよくお客さんが入ったんです。周辺に楽器屋やレコード屋があって、ライブハウスやバンドが練習するスタジオもあるじゃないですか。だからだと思うんですけど、印象に残ってますね」

 企画担当の家田祐明さんも共に中野武蔵野ホールにいた。

 「当時、中野まで来てもらうため、他でやらないマニアックなものにシフトしていました。2人共いまだにマイナーなものに寄り過ぎる傾向があるので、軌道修正しながらやっています(笑)」

ロビー
なんとも落ち着く明るいロビー。

 “武蔵野ホール”は単館の先駆けとしてさまざまな伝説を残す。塚本晋也監督の『鉄男 TETSUO』(1989)を始めて上映したり、『死霊の盆踊り』(1965)も日本初公開。初代支配人、細谷隆広さんが「持ち込み自主映画をかける無法地帯」などのイベントもやっていた。

 「シネコンは皆にウケるものをやらなきゃならないけど、ウチはせいぜい3~4,000人の人が面白がってくれればいい。新宿はアングラなどの文化の土壌があるし、交通の便がいいので、範囲を決めずに、他でやらないのをかけます。高倉健さんのドキュメンタリー『健さん』(2016)は、昭和館の跡地での上映が面白かったですね。東映の仁侠シリーズのポスターのストックがたくさん残っていたので、ロビーに飾りました。あと、かつて“昭和館地下劇場”でやっていたピンク映画出身の監督さんも多いので、その同じ場所で作品が公開されてうれしい、とか(笑)」

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ここから始まった “カメ止め本店”

 興行収入31億円超えの『カメラを止めるな!』(2018)は、インディーズの新たな道を開いた。前回の池袋“シネマ・ロサ”の支配人が言っていた。

チラシ
並べられたチラシを見ながら上映を待つ。

 「“カメ止め”の聖地というのは元々、専門学校ENBUゼミナールのワークショップ“シネマプロジェクト”のお披露目から始まり、K's cinemaが昼間の上映、ロサはレイトショーで同時に開始したからです」

 K's cinemaは“カメ止め本店”と呼ばれる。「朝の開場と同時に、その日のチケットが完売し、Tシャツの入荷が追いつかないなんて、経験したことがなかったです」と酒井さん。

 その後も、全国拡大公開になった作品が続く。LGBTをテーマにした『カランコエの花』(2016)は、映画学校ニューシネマワークショップ(NCW)特集で上映された短編。国内の映画祭で多数受賞、時代が注目するテーマが追い風に。インディーズを上映するようになったのは約10年前から。一時期、観るよりも作る人のほうが多い(?)っていうブームがあり、この2月には、インディーズのための新しい映画祭「ニューシネマウィーク東京2020」もスタートする。

シート
ミニシアターでこれほど贅沢に間隔が取られたシートは珍しい。

 「NCW主宰の武藤起一さんからお話をいただきまして。ENBUゼミナールの上映も、発表の場を提供というほぼ同じスタンスです。今、注目された人はすぐシネコンにいっちゃうので、まだ知られざる新人監督の1本目をウチで公開したいです。それが、次のステップアップになればいいなと思っています」

 より多様なドキュメンタリーの製作・発表の場として「東京ドキュメンタリー映画祭」も毎年開催する。

 「ドキュメンタリーはモーニングショーで多くやってきています。ドキュメンタリーカルチャーマガジンneoneoの編集室の方がやりたい、ということで始まりましたが、こちらも続けていきたいです」

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ドル箱は、特集上映

 特集「中国映画の全貌」なども含め、2006年に閉館した三百人劇場から企画を受け継いだ。2010年の「アラン・ドロン生誕75周年映画祭」、アンドレイ・タルコフスキー監督の特集は2017年に開催。

惑星ソラリス
『惑星ソラリス』(1972) 監督:アンドレイ・タルコフスキー 出演:ドナータス・バニオニス、ナターリア・ボンダルチュク

 「特集は、年に何回かやっています。1本の作品で何週間もの公開は難しいですが、既にファンがいる人の特集で、1,000人が3作品を観てくれれば3,000回になります。また自主映画の監督たちも、タルコフスキーと同じスクリーンで上映したっていうのは誇らしい(笑)。どんな巨匠も始めは皆、新人だったわけで、励みにもなると思います」

 毎年ゴールデンウイークにやっている、ホウ・シャオシェン監督やエドワード・ヤン監督らの「台湾巨匠傑作選」は、ブームもあって、毎回満席。

 「今年のゴールデンウイークも、古い作品から新しい作品まで、30本くらいのラインナップで企画していますので、是非」

 そんなプログラムを企画する酒井さんに良い映画に出会うコツをうかがうと、「分野を限定せずに幅広く観てみること。ネットでオススメ、って言われても、余計なお世話だよ! って(笑)。名画座の3本立ては、目当て以外の1本が意外と面白かったりしましたよね。こんなところに、こんな映画が! って発見してほしいです。メジャーになればなるほど価値観も均一化して、こぼれるものが多くあります。今は情報があふれていて、ある程度遮断しないと生きていけないけど、その弊害は、あれは自分には関係ない、と分けてしまうこと。よくわからなくても拒否しないで、試しに観てほしい。ときには、うわ~っ! て気分が悪くなっても、それが映画(笑)。誰かに決められた道より、発見をして頂きたい。まるでこれは自分だと共感できるものが見つかったら、人の嗜好にも寛容になれます」。

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新宿はやはり、ディープ

 新宿は本当に全てがある。サラリーマンもいれば、学生、外国人、バンドをやっている男の子、演劇をやっている女の子、年輩の方、ファミリーなど、渋谷と比べると、街を歩く人の幅が広い。ゴールデン街も、二丁目もある。

食堂・長野屋
東南口の真正面に今も営業中の"食堂・長野屋"。

 「映画館にとっては、理想の場所です。この界隈には、“闇”があったけど、薄まったことが良いのか悪いのかよくわかりません。すぐそこにある居酒屋千草は、今のドン・キホーテ新宿東南口店がある場所にムーランルージュ新宿座があった時代からある老舗で、1936年創業。われわれもよく利用していて、お薦めです」

 むっちゃ行ってみたい! 取材後、JR新宿駅・東南口真ん前の1915年創業の長野屋食堂でとりあえず、懐かしい味のカレーライスを。

映画館情報

K's cinema
東京都新宿区新宿3丁目35-13 3F
03-3352-2471
公式サイト
Twitter:@ks_cinema

ラジカル鈴木 プロフィール

イラストレーター。映画好きが高じて、絵つきのコラム執筆を複数媒体で続けている。

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