マスク拒否でパス剥奪された監督も…リアル開催したサンセバスチャン国際映画祭
ぐるっと!世界の映画祭
【第92回】(スペイン)
中止か? 開催か? はたまたオンラインか? リアルか? コロナ禍で揺れ続けている国際映画祭。そんな中、スペイン最大級の規模を誇る第68回サンセバスチャン国際映画祭(以下、SSIFF)が9月18日~26日(現地時間)に実施された。この時代ならではのハプニングもあったようで……。ニュー・ディレクターズ部門に選出され、現地に向かった『海辺の彼女たち』(2021年公開)の藤元明緒監督と渡邉一孝プロデューサーがリポートします。(取材・文:中山治美、写真:サンセバスチャン国際映画祭、株式会社E.x.N、藤元明緒、渡邉一孝)
綱渡りの渡航
技能実習生として来日したベトナム人女性たちの苦難を描いた『海辺の彼女たち』のSSIFFでのワールド・プレミアは9月19日。藤元監督たちはそれに合わせて、9月17日に日本を立つスケジュールを組んだ。
しかし新型コロナウイルス感染予防対策におけるスペインの入国制限ルールが9月16日に更新される予定だったため、その内容次第ではスペイン行きのフライトそのものがなくなる可能性もあった。
そこで渡邉プロデューサーは在スペイン日本国大使館(領事)と頻繁に連絡を取り合い、16日以降も渡航条件に変更がないことを確認。それが出国前日のことで、まさに綱渡りの渡航となった。
「空港もガラガラなら機内もガラガラで、(経由地の)アムステルダムに向かうKLMオランダ航空の搭乗者は50人ほどでした」(渡邉P)
「スペイン自体は、簡単な健康申告書を提出するだけでスムーズに入国でき、水際作戦の“み”の字も感じられませんでした」(藤元監督)
SSIFFはリアル開催を決断したとはいえ、今年は上映本数を減らし、パーティーやイベントを行わない大幅縮小開催。
それでもオフィシャルセレクション(コンペティション)作品『クロック・オブ・ゴールド:ア・フュー・ラウンズ・ウィズ・シェイン・マガウアン(原題) / Crock of Gold: A Few Rounds with Shane MacGowan』(イギリス)のプロデューサーであるジョニー・デップ、監督作『エル・グラン・フェローフ(原題) / El Gran Fellove』(メキシコ、キューバ、アメリカ)が特別上映されたマット・ディロン、今年のドノスティア賞(生涯功労賞)に選ばれたヴィゴ・モーテンセンが現地入りし、映画祭を盛り上げた。
「ゲストの数は例年と比較すると4割くらいだそうで、アジアからのゲストは僕たちと、あともう1チームぐらいだったと思います。それでも、なるべく通常の映画祭の体を保つように努力しているとスタッフが語っていました。市民からも“映画祭を開催するな”という声は上がらなかったそうです」(渡邉P)
6回の上映は完売
『海辺の彼女たち』は、ポン・ジュノ監督や濱口竜介監督らを輩出するなど新鋭発掘に定評のあるSSIFFでも人気のニュー・ディレクターズ部門での上映だ。同部門は、審査員によるニュー・ディレクターズ賞のほか、学生たちの投票によるTCMユース賞が設けられているとあって、会場はいつも大にぎわい。
6回あった『海辺の彼女たち』の上映も、今年は客席数を半分に制限しているとしても、いずれもチケット完売だったという。国際映画祭とはもともと地元住民の参加率が非常に高い映画祭だけに、コロナ禍でも大きな影響を受けないのがSSIFFの大きな強みだ。
「前作『僕の帰る場所』を欧州の映画祭で上映した時は、40代前後の観客が中心だったのですが、SSIFFではそれこそ大人から子供まで、幅広い年齢層の方が観に来てくださった。さらに上映後に普通に街中を歩いていたら『コングラ チュレーション!』と声を掛けられて、驚きました。やはりこの時期だし、観客は少ないのではないか? と不安に思っていたんです。しかし市民の一人に話を聞いたら、SSIFFは非常に民主的な映画祭で、チケット代も7~8ユーロ(約875~1,000円。1ユーロ=125円換算)とお手頃価格。その方は近くの町から来たそうですが、毎年、映画を観て、バルでおいしい料理を食べて帰るのを楽しみにしているそうです」(藤元監督)
ただし作品の評価は賛否両論だったという。今回、選出にあたって、日本映画では珍しい移民問題をテーマにしていることが評価されたが、欧州にとって移民問題は昔からの課題であり、映画も多数制作されている。
「欧州の人たちにとって、この問題は特異性がないことを指摘されました。ニュー・ディレクターズ部門の他の作品も観賞しましたが、確かに、自分の作品は確実にそこが弱かったと感じました。普遍的な女性の感情描写は一般客に伝わることを実感した反面、国際映画祭のコンペで戦うには世界の中で日本をどのように描くかという視点が欠けていた。その反省点は、今回の一番の収穫です」(藤元監督)
「一方で、『日本の中にも移民問題があることを考えたことはなかったが、機会を与えてくれてありがとう』と感謝を伝えてくれる方もいました」(渡邉P)
「いずれにしてもオンライン開催の映画祭だったら、決して聞くことのできなかった意見だったと思います。しかも今年は映画関係者の参加が少なく、市民との交流がベースで、また違った角度から映画祭に参加することができ、本当に現地へ行ってよかったと噛みしめています」(藤元監督)
万全の感染予防対策
SSIFF会期中、今年ならではのニュースが飛び込んできた。シネミラ部門の映画『アタラビ・エト・ミケラッツ(原題) / Atarrabi et Mikelats』(フランス・ベルギー)のユージーン・グリーン監督が、プリンシペ劇場で行われた同作の上映の際、5回も映画祭スタッフからマスクを着用するように注意を受けたものの、これを拒否。
SSIFFは観客と映画祭スタッフの健康を危険にさらしたとしてゲストパスを剥奪し、上映会場からの退去を命じたのだ。
さらにスペインでは屋内外の公共空間で対人距離を少なくとも2メートル取れない場合、マスクの着用を義務付ける行政命令を5月から適用していることから、地元の警察も駆けつけ罰金を申し立てることを告げたという。
ただし映画祭は、同作の上映はその後も予定通り行っている。
「上映会場の入り口にアルコール消毒液があるのは当たり前(ただし、体温測定はナシ)ですが、マスクの着用は非常に徹底されていると感じました。上映中もスタッフが見回っていて、マスクを外している人を注意していました」(渡邉P)
「僕も街中でタバコを吸うためにマスクを外していたら、市民から注意を受けました。映画祭側からも舞台あいさつの登壇の際、『客席との距離が離れている場合はマスクを外してもいいが、近い時は着用するように』との指導を受けました。とはいえ上映後にスタンディングオベーションを受けてうれしくなり、思いっきり主演男優とマスクなしでハグしあっていた監督もいましたけどね(苦笑)」(藤元監督)
スペインの場合は行政命令としてマスク着用が義務付けられていることもあり、SSIFF側も厳しい措置を取ることができたが、日本の映画祭で同様のことが起こったらどのような対応をするのか。今後の大きな課題となりそうだ。
上映に行ったはずが、まさかの買い付け!?
藤元監督たちは、空いた時間は同じニュー・ディレクターズ部門出品作品を中心に、積極的に他の作品を観賞したという。
「正直言うと、なぜこの監督はこの映画を作ったのか? という強固な意思を持った目新しさを感じた作品はありませんでした。ただし作品のクオリティーは、新人っていうのは嘘だろ!? と思うくらいどれも高くて、日本の商業映画の枠組みの中でアート作品を作っているかのよう。インディペンデント作品とはいえ予算の掛け方が違うと愕然としました」(藤元監督)
そんな中、藤元監督が2回も観賞した作品があるという。くしくも藤元監督が逃した、ニュー・ディレクターズ賞を受賞したイザベル・ランベルティ監督『ラスト・デイズ・オブ・スプリング(英題) / Last Days of Spring』(オランダ・スペイン)。
マドリード郊外のスラム街に住んでいた一家が、その土地が売却されたことにより退去しなければならなくなった。そんな彼らが土地を追われるまでの数日間を、本当の家族を起用し、リアリズムを追求して描いた作品だった。
「自分たちが『僕の帰る場所』で行った同じ手法と同様のテーマの作品だが、自分たちよりもさらに高みに挑んでいた。すごく好きになった一方で、すごく悔しかった」(藤元監督)
藤元監督と、同行した撮影の岸建太朗から作品の評判を聞いた渡邉プロデューサーもすぐに観賞。「こういう作品を日本で公開したら、観客の視野や世界が広がるに違いない。わたしは間違いなく広げられた」という思いに至り、自身の映画会社E.x.N(エクスン)で日本の配給権を獲得すべく決断。観賞翌日に早速、商談を行ってきたという。
「最低限の金額しか出せないし、そもそも海外作品を買い付けるのは初めてなので、先方には『もし、他の会社から良いオファーがあったら、遠慮せずそちらを選んでいいですよ』と伝えたのですが、この程めでたく交渉が成立し、正式に契約を交わす予定です」(渡邉P)
藤元監督たちが思わずひれ伏した作品とは!? 日本公開が待ち遠しい。
他の海外映画祭の招待も受けたが…
『海辺の彼女たち』は第33回東京国際映画祭(10月31日~11月9日)ワールド・フォーカス部門での日本初上映が決まった。その後も、海外映画祭からの招待が届いているそうだが、現地へ向かうのは厳しいという。
約1週間サンセバスチャンに滞在し、帰国後は空港でPCR検査を受けて陰性だったものの、2週間の待機が義務付けられており、行動計画の提出や公共交通機関を使用しないことが条件だった(9月末時点)。
「自分たちは今回、帰国後は、空港からレンタカーを借りてホテルで2週間の待機生活を送りました。皆、小さい子供がいるので、自宅に戻るのは控えました。その手間と時間を考えると、またすぐに他の映画祭へ行くのは難しいですね」(藤元監督)
藤元監督たちの帰国後、スペインでは新型コロナウイルスの感染者が西欧諸国初の80万人を突破し、マドリードでは10月2日からロックダウン措置が再導入された。世界中の映画人が安全に、心置きなく映画祭を楽しめるにはもう少し時間が必要のようだ。
《主な受賞結果》
【ゴールデン・シェル賞(最優秀作品賞)』
『ビギニング(英題) / Beginning』(フランス・ジョージア)
デア・クルムベガスヴィリ監督
【特別審査員賞】
『クロック・オブ・ゴールド:ア・フュー・ラウンズ・ウィズ・シェイン・マガウアン(原題) / Crock of Gold: A Few Rounds with Shane MacGowan』(イギリス)
ジュリアン・テンプル監督
【シルバー・シェル賞(最優秀監督賞)】
デア・クルムベガスヴィリ監督
『ビギニング(英題) / Beginning』(フランス・ジョージア)
【シルバー・シェル賞(最優秀女優賞)】
イャ・スキタシュヴィリ
『ビギニング(英題) / Beginning』(フランス・ジョージア)
【シルバー・シェル賞(最優秀男優賞)】
マッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラーセン、マグナス・ミラン、ラース・ランゼ
『アナザー・ラウンド(英題) / Another Round』(デンマーク、スウェーデン、オランダ)
【審査員賞(最優秀脚本賞)】
デア・クルムベガスヴィリ、ラティ・オネリ
『ビギニング(英題) / Beginning』(フランス・ジョージア)
【審査員賞(最優秀撮影賞)】
月永雄太
『泣く子はいねぇが』(日本)
【ニュー・ディレクターズ賞】
『ラスト・デイズ・オブ・スプリング(英題) / Last Days of Spring』(オランダ・スペイン)
イザベル・ランベルティ監督
【サンセバスチャン観客賞】
『ザ・ファーザー(原題) / The Father』(イギリス)
フローリアン・ゼレール監督
【ドノスティア賞(生涯功労賞)】
ヴィゴ・モーテンセン
【2020スペイン国民映画賞】
イザベル・コイシェ監督