小さいけれど、最先端の映画館「シネマ・チュプキ・タバタ」
ラジカル鈴木の味わい映画館探訪記
再開2館目は初の東京都北区。JR山手線と京浜東北線の交差駅、田端駅に降り立つ。北口改札で無償配布の地図を入手。劇場公式サイトからも、地図だけでなく視覚障害者用ウォーキングナビ・ことばの道案内もダウンロードできる。徒歩5分で駅下仲通り商店街のなかほどに目的地が見えてくる。客席数15席、収容人員20人と恐らく日本で最小のかわいらしい、区で唯一の映画館へ。
全国初の完全バリアフリー・ユニバーサルシアター
始まりは、2014年に北区・上中里にアートスペース・チュプキをオープン。館名のチュプキはアイヌ語で自然の光。邦画もすべて字幕を付け、場内にFMで音声ガイドを飛ばし、ドリンク代込みの入場料で、鑑賞後、お茶を飲みながら話せる場を目指した。しかし劇場の諸条件をクリアできぬまま閉館。
2016年、条例に合う現在の物件を見つけ、クラウドファンディングなどで資金を集め、晴れて再出発。目、耳の不自由な人、車いすの人、発達障害のある人、小さな子供連れのお母さんと……誰もが一緒に楽しめる映画館が誕生した。
こけら落としは、喜劇王チャールズ・チャップリンふんする浮浪者と盲目の花売り娘の『街の灯』(1931)を上映。運営母体はバリアフリー映画鑑賞推進団体シティ・ライツ、『街の灯』の原題ですね。
街の中の静かな森
壁と天井まで描かれたチュプキの樹、葉っぱの一枚一枚に支援者の名前が。床は人工芝、完全防音の個室も完備。スピーカーの上には鳥の巣。小鳥やカエルの鳴き声、森の朝から夜までのイメージのロゴの映像が120インチのスクリーンに。360度、天井にも設置のスピーカーから光が音になって降り注ぎ包まれるようなフォレストサウンドに感動。
『ガールズ&パンツァー』シリーズなどの音響監督の岩浪美和が手掛けた。音を振動で感じられる抱っこスピーカーもある。音声ガイドは、電波はノイズが入るので有線にし、本編の音を増減可の2チャンネル。「涼宮ハルヒの憂鬱」の古泉一樹役などで知られる声優・小野大輔が『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(2014)の音声収録に協力している。「小野さんは岩浪美和さんの紹介で、ガイドの冒頭のテスト放送の声もやってくださり、他にもたくさんの声優さんが参加してくれています」と同館代表の平塚千穂子さん。
バリアフリーの映画館を目指したきっかけ
「当初、障害者専用って広がっちゃったけれども、ツールがそろっているだけで、一般の方も含めた普通の映画館としてやりたくて、3年を経て常連さんも増えて、やっとここに、こんなかわいい映画館があるって認めてもらえたような気がします」(平塚代表)
映画との関わりは、連載「味わい名画座探訪記」で取材した早稲田松竹でのアルバイトから。当時目の見えない人たちに映画を伝えることを決意。障害者の方に意見を聞きに行くと、映画を鑑賞するのを諦めている人が多いことを知る。世界の状況を調べると、音声ガイド完備の劇場がアメリカでは100館以上あって、障害者のレビューまであって驚いたそうだ。
視覚障害の人たちと最新のロードショーを鑑賞するイベントから始め、最初はスタッフがお客さんの耳元で場面の状況をささやいていた。そして、年間30~50回ほど音声ガイド付きの鑑賞会や上映会を行い、年に一度のシティ・ライツ映画祭を2008~2014年まで7回開催した。
「広く知っていただききたくて、著名な方々をお呼びしました。是枝裕和監督は、テレビドラマの台本を書いている時期ですごくお忙しく『序盤を観たら退席します』とうかがっていましたが、なぜか最後までいてくださって、後でうかがうと『あまりにも雰囲気が良くて思わず全部観てしまいました』とおっしゃって。障害者の方たちって、笑ったり声をあげたり拍手したり、リアクションが純粋で、昔の映画館のようなノスタルジックな雰囲気で、場がものすごく温かかったんです」(平塚代表)
さらにもっと広く知らしめるため、常設のバリアフリーの映画館をやるっ! と宣言したという。
ここでは何でもやりたいことができる
以前、自主上映活動をしつつコールセンターで働いていたという宣伝担当の宮城里佳さんは、2016年のオープン時にボランティアスタッフになり現在に至る。
「お客さんのリアクションにダイレクトに接して、映画を届けるだけじゃなく、人の心に多大な影響を与えて喜ばれるって、素晴らしいと思いました。シネマ・チュプキに参加するまでは言われたことしかできなかったけど、ここでは何でもやりたいことが可能で、働き方が根本から変わりました」(宮城さん)
とそこで、平塚代表が「わたしが何も言わないから、時々やり過ぎちゃうこともあるけどね」と、笑顔で突っ込みを入れる。
「(コロナ禍による影響で)配信のみの映画も増えてきて、劇場も券売機を始め、さらに機械化が進んでいくと思いますが、人の手が入るのを大切にしていきたいんです。記憶に残る映画体験って、そこに人が介在しているからできる。その場にしか作り出せない空気、ひと時に光を当てていきたいんです」(宮城さん)
選りすぐりの作品を新旧とりまぜて上映
「自分たちが良いなと思った作品をかつての二番館のように組み合わせを考えて選んでいます」(平塚代表)
月替わりなのは、障害者の方がヘルパーさんと予定を組みやすくするため。エンターテインメント作品も上映するが、社会性の強いドキュメンタリーや、マイノリティーの生きづらさなど、知られざることに光を当てる作品が多い。
「監督さんがトークや宣伝に一人で回ってる場合もあって、作り手とお客さまをつなぐ役割もあります。今年、文化庁記録映画賞を受賞した『プリズン・サークル』(2019)の坂上香監督とは音声ガイドを一緒に作りました。坂上監督は、社会全体に対しての暴力の連鎖を止めたい、いつでも人生はやり直せるということを、人生を賭け、使命感を持って訴えています。何年も交渉して撮影したり……本当にすごいです」(平塚代表)
映画を味わい尽くすための音声ガイド
是枝裕和監督の『海よりもまだ深く』(2016)は公式の音声ガイド付きでロードショーを実施した。しかし日本で1年間に劇場公開される映画約800本のうち、バリアフリー化は1割に満たない程度(80本近く)。目の不自由な映画ファンはもっと多く鑑賞したいと思っているだろう。
音声ガイドが未対応の作品には一から、2階のオフィス兼スタジオで年間約30本分を制作している。
「いま、スピードが早すぎて、1本1本の作品をじっくり味わえなくなっていますが、音声ガイドを制作する作業は、1本の作品の中にどっぷり浸り、制作者の意図を理解するため、製作側の方や、視覚障害者のモニターも参加し、複数の人とコミュニケーションをとって制作するので、こんなに良い作品だったんだ!ってわかるんです。映画を知るには最高の体験ですね」(平塚代表)
健常者にも理解に役立つと評価されている。
「福祉の世界のものと捉われがちですが、最近は細部を味わうツールとしての楽しみ方も広がっていますね」(平塚代表)
今回僕も、初めて体験して実感した。
「補えないことがあるからチケット代を割引するという考え方もありますが、うちは設備があるので、障害者も健常者も料金は同じ。一緒に楽しんでほしいんです」(平塚代表)
気さくな街・田端の自慢
オープン1年後に、この商店街入口の信号機に、音声案内がついた。
「商店街に障害者の方が来られる機会が増えて、お米屋さんのご主人いわく『ボ~ッと信号機を眺めていたら、目の不自由な人はどうやって信号が変わったと判断してるんだろう』と疑問を持ったんですって。どうやら、人が流れる気配を察知して一緒に渡っていると。でも誰もいなかったり雨が降っていたら、どうするんでしょう? で、ご主人が『信号機に音を付けてくれって、警察に頼んどいたから(笑)』って。それで本当に音声案内が設置されたんです!」(平塚代表)
劇場の斜め向かいのダイニングバールがじゅまるには、視覚障害者の常連の友だち同士の鑑賞後の行きつけになっている。
「スタッフがメニューや食材のことを説明するのがとってもうまくて。サポートが自然だから行きやすいんでしょうね。目の見えないお客さんを駅からうちまで連れてきてくれた人がいたり、地域の意識が変わってきたのを感じます。障害者の施設を作るっていうと反対運動がおこったりする話を聞くけど、元々、田端は気さくな街で、皆さんそれが自慢くらいに思ってくれていて、本当に誇らしいです」(平塚代表)
今年は難しいが、毎年忘年会をやっている。
「普段、音声ガイドの制作側のボランティアの皆さん制作側とお客さんが会う機会がないので、交流の目的でやっています。向いのカレー屋マヒマで昨年は人がギッシリでした」(平塚代表)
取材後、そのマヒマで2種類のカレーセットをいただく。ボリューム満点、リーズナブルでおいしかった~!!
映画館情報
CINEMA Chupki TABATA(シネマ・チュプキ・タバタ)
東京都北区東田端2-8-4マウントサイドTABATA
03-6240-8480
公式サイト
Twitter:@cinemachupki
ラジカル鈴木 プロフィール
イラストレーター。映画好きが高じて、絵つきのコラム執筆を複数媒体で続けている。