ここまでやるぅ!?マニアのパラダイス、シネマート新宿
ラジカル鈴木の味わい映画館探訪記
前回に続き、大好きな新宿三丁目エリア。明治通りを挟んで伊勢丹の斜向いの「新宿文化ビル」が今回の目的地。東京メトロ丸ノ内線・新宿副都心線の新宿三丁目駅B2出口より徒歩1分以内の便利さ。寄席の新宿末廣亭や、作家・三島由紀夫も常連だった「どん底」など有名な酒場、文化&多国籍のにおいが濃厚な場所だ。
新宿三丁目の個性派ミニシアター
受付とスクリーン1のある6階へ。エレベーターが開くと目の前の壁一面にバンドのフライヤーがぎっしり、ここはライブハウス? また、こちらをにらむ実在の指名手配犯の写真が貼られ、ただならぬ雰囲気。そこから少し進むと右手にチケットカウンター、左手に飲食や物販のコンセッションがある。スクリーン1は335席で舞台あいさつや関連イベント、ライブも行われる。7階のスクリーン2は60席の、まさにミニシアターだ。
1937年「新宿映画劇場」として東宝映画の直営館から始まり、戦後は「新宿文化劇場」に改名。1962年、既存の日本映画とは一線を画す芸術作品と言われたATG(日本 アート・シアター・ギルド)映画の専門館「アートシアター新宿文化」になり、地下に併設の小劇場「アンダーグラウンド蝎座」と共に映画と芝居が上演され、70年安保闘争、学生運動のコアスポットだった。1974年に現在のビルになり4スクリーンの「新宿文化シネマ」になる。2006年、新宿文化シネマ2・3を株式会社エスピーオー(SPO)が引き継ぎ、現在の「シネマート新宿」となった。
アジア映画の発信源
パク・シニャン主演の『インディアン・サマー』(2001)など韓国・アジア映画11作品を集めた「シネマート・シネマ・フェスティバル in 新宿」で開館。SPOは1987年、スタジオぴえろとオリエンタル・シネ・サービスが映画、テレビドラマ、ビデオの販売会社として設立した。最初の配給した韓国映画は『LIES/嘘』(1999)。自社作品を上映する映画館としてシネマート六本木、シネマート心斎橋に続いてシネマート新宿をオープン。
韓国・台湾・香港・中国など、アジア映画を中心に洋画・邦画も上映する。韓流ブームの最中は、客は長蛇の列を作り、主演男優のグッズが飛ぶように売れた。どっぷりとアジア映画が観られる場所として浸透した。時を経て2015年、六本木が閉館し、現在はアジア映画が観られる希少な映画館となっている。
また、現在までの興行収入第1位は『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』(2017)、2位はイ・ビョンホン主演の『夏物語』(2006)。最近も『KCIA 南山の部長たち』(2020)が公開され、大スター・ビョンホンの存在は大きい。
オープンから今年で15周年
「2008年まで1スクリーンがTOHOシネマズさんの番組編成で、もう1つのスクリーンでアジア映画を主に上映していました。2007年に新宿バルト9さん、2008年に新宿ピカデリーさんができたこともあり、2スクリーン共自社で番組を編成するようになったんです。シネマート六本木はアジア映画専門館としてオープンしましたが、当館は元々、専門館ではないんです」と、2015年から支配人の中根春樹さんは、2005年、SPOに入社した岐阜県出身の45歳。
「会社が事業戦略としてドラマにシフトしたので、他社の作品も上映するようになりました。2004年から始めた『韓流シネマ・フェスティバル』は2006年から自社劇場で開催です。わたしは六本木のオープンから半年ほど従事し、ここ新宿はオープンから携わり、今年で15年になります。詳細は未定ですが、ひとつの節目として15周年の特集上映をやりたいと思っています」(中根支配人)
異様な情熱を持つ、マニアなスタッフが集結
近年はアジア映画のみならず、王道とはチョット違った独特のラインナップが強烈な印象を残している同館。
「新宿は、銀座や渋谷より、更にエンタメ色が強いものが受け入れられる場所。映画会社さんと一緒にスタッフ皆で知恵を絞って、お客さまに満足していただけるよう心掛けています」(中根支配人)
宣伝とイベント担当の宮森覚太さんは、1人で他館でのトークショウや対談、DVD収録の司会などもしてしまう。音楽や80~90年代の洋画が好きで、それが人気の2大路線になっている。昨年、パンク、ハードコアを中心に地下でうごめくロックバンドのドキュメンタリーを特集した「UNDERDOCS(アンダードックス)」が大好評だった。ライブハウスのような6階の壁はその時の装飾で、今でも遠方からその壁を見たさに来場するファンも後を絶たない。
また、石井岳龍監督がロックバンド「bloodthirsty butchers」(通称:ブッチャーズ)の楽曲からインスパイアされて撮った作品『ソレダケ/that's it』(2015)を、最初の上映以来、ボーカル吉村秀樹の命日の5月27日に毎年、監督を始めゲストを迎えて上映している。昨年は、緊急事態宣言中ということもあり上映が危ぶまれたが、無観客上映、トークイベントは配信という形でコロナ渦でも上映を絶やすことなく継続することができた。『さらば青春の光』(1979)、『ストリート・オブ・ファイヤー』(1984)のデジタルリマスター版も好成績だ。
もう1つの人気の特集は、昨年の夏に異常な盛り上がりを見せ大ヒットした実在の殺人鬼を生々しく描いた『アングスト/不安』(1983)を含む、超危険な作品ばかりを集めた企画「<<狂人暴走・大激突>>発狂する5作品突如!緊急連続上映」だ。『悪魔の植物人間』(1973)など、他での上映はないような作品も含まれ、「このチョイス、変態の極み!」などとマニアが熱狂する。
番組編成担当の野村武寛さんが選ぶ、劇場発信型映画祭「のむらコレクション」(通称:のむコレ)は、昨年まで4回開催している。
「ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田の映画祭『未体験ゾーンの映画たち』や新宿シネマカリテの映画祭『カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション』(通称:カリコレ)に、うちなりのアプローチで挑んでみよう! と(笑)。独自に世界中のレアな作品からチョイスして、ここで好評で正式にロードショーになった作品が何本もあります」(中根支配人)
さらに、昨年は開催できなかったが、ひと月に2日ずつ、5年間やってきた「活弁!シネマートライブ」。こちらも定番の企画だ。活弁士は佐々木亜希子、上映はいにしえのサイレント映画『戦艦ポチョムキン』(1925)、『メトロポリス』(1926)、『イントレランス』(1916)など。復活を祈りたい。
笑撃のオリジナル商品の数々!
上映を盛り上げるための、メーターの振り切れたオリジナル商品やロビーのディスプレイもSNSで話題沸騰。やはり担当は前述の宮森覚太さん。最近では『ヒッチャー』(1985)のニューマスター版上映に合わせ、劇中でショッキングに登場する「指ポテト」を再現!?
「中西怪奇菓子工房。さんの指クッキーというものがあって、それをポテトスティックの中に1本ずつ入れたんですね」と中根支配人が笑顔でタネあかし。
また、なんともカワイらしかった「悪魔の植物人間クッキー」は独自に工房に発注したもの。『クラッシュ』(1996)の4K無修正版では「クラッシュせんべい」、バレンタインデーに合わせて「クラッシュチョコレート」を販売。せんべいは、注文するとその場でスタッフが車のハンドルで粉々に砕いて提供してくれる。何度も動画を撮影する来場者も続出した。チョコレートもスタッフが1枚1枚丁寧に手で砕いて作ったのだそうだ(笑)。
激レア作品のパンフレット、関連グッズも販売し、『デス・レース2000年』(1975)のオフィシャルTシャツは、あっという間にソールドアウトになった。同館のオンラインストアで入手できるものもあるので、のぞいてみてはいかがだろうか。
ゆかりのある作家たちのユニークなエピソード
中根支配人にイチオシの作家は誰か尋ねてみた。
「ナ・ホンジン監督は天才だと思っています。まだ長編を3作しか撮っていませんが、全部当館で上映しています。『哭声/コクソン』(2016)からちょっと経っていますが、次回作も上映したいと思っています」(中根支配人)
イラン人のアミール・ナデリ監督は、一時期日本に住んでいて、映画『CUT』(2011)の上映期間中、ロビーにテーブルを出して毎日、サインをしたり、片言の日本語でおしゃべりをしていたそうだ。
「お客さまがトイレに行ったら、隣に監督がいてびっくりしたこともあったようです(笑)」(中根支配人)
役者でもある齊藤工監督は、『blank13』(2017)上映の時に、監督自らチケットのもぎりに立ちファンを喜ばせた。
アジア映画に特化した動画配信サービスをスタート
3月12日より、アジア映画に特化した動画配信サービス「おうちでCinem@rt」を開始。シネマート新宿&シネマート心斎橋に次ぐ「第三の劇場」となるオンラインシアターとして、韓国映画をメインに、中国、台湾などアジア圏の映画を配信していくという。
「劇場では感染対策に十分気を付けていますが、こんな状況の中、お客さまのニーズに合わせて、より身近に映画を観ていただきたいので、サービスを始めます」(中根支配人)
料金は、1作品ごとに新作550円、旧作440円で、月ごとに俳優、監督、テーマなどの特集上映を企画しているとのことで、劇場に足を運びにくいアジア映画ファンにとっては朗報だ。
変わり行く新宿、変わらない新宿
最後に周辺のことを伺う。
「エンタメ方面、特に映画館が一番変わったかもしれないです。新宿松竹会館が新宿ピカデリーになり、シネコンができたりしていますが、基本この界隈はあまり変化していません。それぞれの店に特徴があって、アットホームで雑多で、チェーン店が少ないのがすごく好きなんです。それが新宿の文化を作っていますが、変化していないということは一方、このコロナ禍では厳しい面もあるのかもしれないですね」(中根支配人)
映画を観終わってから、物語の世界そのままに新大久保まで足を延ばして韓国料理屋でよく一杯飲んだっけ……。取材後、ランチを食べるお店を物色。「アジフライ定食が肉厚ですごくおいしいですよ」と中根支配人お薦めの「大衆酒処まこと」もめちゃ魅力的だったけど、以前から気になっていた「タイ屋台999」へ。カオマンガイ950円、現地に行けないこのご時世に、本場の味が胃に染みるぅ~。
映画館情報
シネマート新宿
新宿区新宿3丁目13番3号新宿文化ビル6F・7F
03-5369-2831
公式サイト
Twitter:@cinemart_tokyo
ラジカル鈴木 プロフィール
イラストレーター。映画好きが高じて、絵つきのコラム執筆を複数媒体で続けている。