垣根を越えるシネマテーク シネマハウス大塚
ラジカル鈴木の味わい映画館探訪記
ほのぼのとした昭和の雰囲気で大好きな大塚、久しぶりに下車。お手頃でうまい店、ライブハウス、いい銭湯もある。なんといっても三ノ輪橋から早稲田までの路面電車、都電荒川線がJR山手線と交差し、ノスタルジックな雰囲気を醸す。今回はあまり知らなかった北口へ。おや、雰囲気変わったなあ! 整備された駅前、星野リゾートのホテルができてたり、モダンな印象に。庚申塚交差点までの折戸通りへ。萬劇場という演劇のホールを過ぎ、約7分で都立文京高校正門の前、ビルの1階が目的地。荒川線の巣鴨新田、庚申塚からは徒歩3分。63平米、56席のミニシアターへ。
コンセプトは自由な創造の場
緊急事態宣言が再び延長された先月、シネマハウス大塚の館長・後藤和夫さんがテレビのニュースで、すべての映画館を代弁すべくメッセージを発信している姿を偶然目撃。
「映画館はちゃんと対策をしてきて、クラスターが発生したことはない。保証もまったくなく1年間我慢して、つぶれるところも出てきている。何を根拠にまた休業要請をするのか 」(後藤館長)
そんな後藤館長らが、2018年春、8mm映画を作っていた高校の同級生と約50年を経て、ここ大塚にミニシアターを創った。
コンセプトは自由な創造の場として次の世代につながる出会いの場を目指すとのこと。近年、自粛という名の規制や圧力が、芸術にかけられるケースが顕著になっている中「(学生運動が盛んだった)1960年代の終わりから長い年月が経ちましたが、いまの社会も、矛盾、理不尽さを同様に感じます」と後藤館長。表現が困難に直面している今、上映の機会の少ないドキュメンタリー作品や、展示、講演、朗読、シンポジウムなども開催。利用しやすい料金設定で老若男女、世代を超え利用されている。
もともと事務所仕様なので天井は低く、スクリーンの前に大きな梁(はり)があるが、メンバーのひとりが建築設計のプロで、また、協力者で撮影監督の山崎裕が監修し、映写室を作るスペースがなくても、短焦点4Kプロジェクターでスクリーンの下から映像を投影し解決。ハイクオリティーの音響も整えた。シートはイベントによって配列を変えられる可動式だ。
独自企画で行われる特集上映
今年のゴールデンウィークには3周年記念の、いくつもの渾身の特集上映を準備していたが、急な休業協力依頼で中止せざるを得なかった。その特集の1つは「日常を『観察』する映画作家・想田和弘の仕事2007-2020」。平田オリザと共に主宰する劇団・青年団のドキュメンタリー『演劇1』『演劇2』(2012)、ベルリン国際映画祭フォーラム部門でエキュメニカル審査員賞受賞の『精神0』(2020)の上映とトークは、11月14日~23日に延期となった。
また、レギュラーで開催しているミカタ・エンタテインメントの「Mシネマ第17弾“政治とメディア”映画特集上映」で予定していたのは『共犯者たち』(2017)、『さよならテレビ』(2019)、『はりぼて』(2020)、『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020)の4本。今、まさに日本の政治の政策が正しいのか、そしてメディアは信頼できるのかが問われる中、タイムリーなテーマをセレクトした特集は、7月3日~9日までとなった。
そして後藤館長自身が監督・主演の『傍観者あるいは偶然のテロリスト』(2020)の上映。後藤館長はドキュメンタリー番組の制作者で、「報道ステーション」(テレビ朝日系)や「ザ・スクープ」(テレビ朝日系)のプロデューサーも務めた方。
「フリーランスだった3年間の間にパレスチナに15回行って、戦車に投石する少年たちや、生々しい紛争の映像がいっぱいあって。落とし前をつけに、20年ぶりに訪れたんです」(後藤館長)
大虐殺が起こった場所や、700キロに及ぶ分離壁、そして紛争のさなかに出会ったかつての若者たちと再会、過去と現在が交錯する。再上映は7月10日、17日の各土曜日に決定した。関連企画で、映画史・比較文学研究家の四方田犬彦による映画講座「四方田犬彦連続映画講座-シオニズムとパレスチナ」、映像と写真を見ながらの講座は、9月17日から12月10日まで6回に渡り開催予定だ。
高校の仲間で結成したグループで劇場を設立
自主映画製作サークル「グループ・ポジポジ」は文京区の都立竹早高校の仲間で結成。学生運動をし、演劇をし、映画を撮った。1960年代から1970年代は既成の価値観を壊そう! と挑む作り手の時代。成人してテレビや映像業界、建築業界とそれぞれの道へ進むが、毎年集まる忘年会で「何か面白いことやりたいね、なら映画館をやろう!」となる。創設者はメンバー6人のうち男性4人、当時演劇をやっていた女性1人、前述設計者の女性1名。
こけら落としは大島渚特集だった。大島監督が独立プロ時代、旺盛に製作した『絞死刑』(1968)、『東京戦争戦後秘話 映画で遺書を残して死んだ男の物語』(1970)、『夏の妹』(1972)の3本。さらに森達也監督、崔洋一監督らのトークも開催した。
「最初は僕らの青春のシンボル、大島作品以外考えられませんでしたね」(後藤館長)
実は後藤館長は『東京戦争戦後秘話』の主人公を演じている!
「映画祭で僕らの作品『天地衰弱説』を観た大島監督が出演を依頼してきて、僕を含めメンバー5人が出ています。ほとんどがゲリラ撮影で、国会の周りをやたら走り回って、多くの車が行き交う大通りを横切り、電車しか通れないトンネルの中を走ったり、東京中でロケしました」(後藤館長)
以降もたびたび大島渚特集を組んできた。
また後藤館長の親友で、第2次「グループ・ポジポジ」のメンバーである撮影監督・篠田昇の特集上映「撮影監督篠田昇十五回忌-日本映画を変えた光と影の錬金術」を開催した。
「シネマハウス大塚代表の堀越一哉が日大芸術学部に入り、わたしは浪人生で、日大に遊びに行って知り合って。1952年2月2日、自分とまったく同じ誕生日でね。ポジポジの『ハードボイルドハネムーン』の撮影は彼です。黒木和雄監督の『竜馬暗殺』(1974)の撮影スタッフの末端で映画界に入ったんです。岩井俊二作品で有名ですけど、岩井ワールドは篠田と組んでから俄然、完成しました。2004年に若くして亡くなって。シネマハウス大塚を作って、彼の特集はわたしらの悲願でした」(後藤館長)
『四月物語』(1998)、『花とアリス』(2004)など岩井監督作品を中心に、相米慎二監督『ラブホテル』(1985)、利重剛監督『BeRLiN』(1995)を上映、篠田昇さんと関わりの深いゲストを招きトークイベントを行った。
ミニではなく、マイクロシアター
本劇場の設立メンバーの一人である橋本佳子さんは『沖縄スパイ戦史』(2018)、『柄本家のゴドー』(2018)など、多くのドキュメンタリー映画、また「NHKスペシャル」、「ザ・スクープ」(テレビ朝日系)などテレビ番組の有名プロデューサー。「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」も主催している。映画に関わってきたのはメンバーで唯一彼女だけだった故の、スーパーバイザーである。
スタッフの一人、『空(カラ)の味』(2016)の塚田万理奈監督は、2018年4月のオープン前、シネマハウス大塚を無償で使っていただくお試し期間に、若手監督たちの作品を「日替わりシネマ」と銘打って連続上映会を企画した。多くのインディーズ映画の担い手に使い勝手を試してもらい、ここに上映施設があるのを知ってもらうことに尽力。その後、シネマハウス大塚の一員となった。
「彼女はわたしたちより40歳も若いから。またここで新しい作品が生まれたらいいなと。われわれは60歳を過ぎてるし、さまざまな条件で他のミニシアターと同じことはできないんで、常設館にはせず、貸しスペースにしたんです。ミニでなく、マイクロなシアターなんです。ここがパリのシネマテークのように監督や脚本家、プロデューサーが出会える場所になれば」と後藤館長。
塚田監督は10年かけ16mmフィルムで映画『刻(TOKI)』を制作中。主人公が大人になるまでの成長を実際に10年に渡り記録する。クラウドファンディングは目標の製作費を達成し、現在も撮影中。
古くも新しくも、本当にここでしか観られないこだわりの作品や企画が多い。今回僕が観たのはYouTuberとして注目の宏洋監督・脚本・プロデュース・主演・作詞と、ひとり5役のエンタメアクション映画『グレーゾーン』、面白かった! 「映画をトークセッションする語る会」はストリップなど興味深いテーマで、映画の上映と共に、ゲストに女王様、緊縛師、ストリッパー、その筋のライターさんらを招いてトーク、パフォーマンスもある。「性」がテーマの第12回は7月11日に開催する。
こんなに自由な映画があったのを知ってほしい
「いまの日本映画は製作委員会方式が多くて、ころころと目先のトレンドによって変わり、作品でなく製品になっている。出資先など、収益を分けるところが多いから、コンプライアンス重視で、すべてにおいて自己規制しちゃってる。この映画が作りたい! 表現の自由を! って言える作家が出ずらい。圧力に屈して萎縮し、忖度(そんたく)を気にして……戦えていない。イデオロギーのイリュージョン、嘘っぱちを暴く、そういう映画を観たい。良質な文化だった映画が、このままなくなっていいのか」と後藤館長。
また「僕がやりたいのは、今村昌平監督特集。かつてこんな自由な時代があって、こんな映画があったのを知ってほしい。実はここ大塚は、今村監督の出身地なんです! 開業医の息子だったんですね。料理屋、待合、置屋の、いわゆる三業地で、彼は幼いときから女性たちの色香や悲哀を見てきたんですね。今村作品の三大女優、左幸子、春川ますみ、坂本スミ子たちが、体現していますね」と大塚ゆかりの今村監督への思いを語る後藤館長。
イメージは変わりつつあるが、大塚は旧中山道の、江戸へ戻る旅人のための最後の歓楽街で、巣鴨と共ににぎわった場所だから、その名残りはいまだ十分ある。
わが青春の大塚
後藤館長と仲間は、酒や麻雀を覚えたのがまさにこの辺りだという。
「劇場を始める場所を探すときに、風俗店の横に空き地があったけど、さすがにそれじゃ女性客が来にくいだろうってことでやめました(笑)。でもこっちの北口側には庶民の文化がある。折戸通りは昔ながらの飲み屋とかうまい店があって、ここで映画館をやるのは自分たちの居場所に帰ってきたってことです。よく、場所がわからない、道がわかりづらい、って言う問い合せがある。それが大塚の魅力だからネ! 迷って、それを楽しみながら時間に余裕を持って来てください、って返答しますよ、わかりやすい町なんて面白くないでしょ(笑)」(後藤館長)
後藤館長が作った大塚のグルメマップがロビーに貼ってある。
「近所のお薦めベストスリーは居酒屋串駒、中華徽香苑、天平(てんぺい)食堂だよ!」
取材後迷わずに、これぞ町食堂! という最高の風情の天平食堂へ。カレーライス500円におひたし200円、求めてたのはこれこれ! 大塚は裏切らない!
映画館情報
シネマハウス大塚
東京都豊島区巣鴨4-7-4-101
TEL 03-5972-4130
公式サイト
Twitter:@cinemaotsuka
ラジカル鈴木 プロフィール
イラストレーター。映画好きが高じて、絵つきのコラム執筆を複数媒体で続けている。