『仕掛人・藤枝梅安』『エゴイスト』など2月公開映画の評価は?
今月の5つ星
豊川悦司主演の時代劇からフランソワ・オゾンの新作、鈴木亮平と宮沢氷魚の共演作、スリリングな会話劇、そしてパルムドール受賞作まで、見逃し厳禁の作品をピックアップ。これが2月の5つ星映画だ!
ダークナイトな梅安にも見惚れる、出色のバディ映画
『仕掛人・藤枝梅安』2月3日公開
時代小説家・池波正太郎の「鬼平犯科帳」「剣客商売」に並ぶ代表作を二部作で映画化(『仕掛人・藤枝梅安 2』は4月7日公開)。人を救う鍼医者と悪党の殺しを金で請け負う仕掛人という、二つの顔を持つ男・藤枝梅安を豊川悦司が演じる。艶やかで凄みのある豊川の梅安は、漆黒の羽織も相まって、まさに『ダークナイト』のバットマンを彷彿させる佇まい。立ち姿だけで見惚れてしまう。
見応えある殺陣を見せる早乙女太一や、枯れた味わいにシビれる佐藤浩市など、俳優陣の熱演は二作とも見どころで、何より、梅安の相棒・彦次郎を演じた片岡愛之助と豊川の相性が見事。孤独を抱えた男同士の付かず離れずな関係を見ているだけで心地良く、バディ映画としても出色だ。悪と正義は表裏一体という現代にも通じるテーマや食事シーンなど、池波作品に欠かせない要素もバッチリ。陰影の美しい映像もスクリーン映えしており、令和に新たな時代劇を生み出そうという、制作陣の気合が伝わってくる。(編集部・入倉功一)
琴線に触れる名作
『すべてうまくいきますように』2月3日公開
『8人の女たち』『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』などで知られるフランスの巨匠フランソワ・オゾン監督が手掛けた人間ドラマ。『まぼろし』などの脚本でオゾン監督とタッグを組んだエマニュエル・ベルンエイムの自伝的小説を基に、安楽死を望む父とその娘たちの葛藤を描く。
人が病に倒れ、家族や周囲の人々が付き添って世話をするという誰にでも起こり得る日常を、ユーモアを効かせながら淡々と映し出す本作。父親が安楽死を願うこと以外は驚くような展開がないにもかかわらず、最後まで目が離せないのは、脚本・演出・演技・編集など作品を構成する全ての要素が優れているからにほかならない。娘役のソフィー・マルソーをはじめ、父親役のアンドレ・デュソリエ、母親役のシャーロット・ランプリングら名優たちが魅せる、多くを語らずとも個々の思いが伝わる表現力は、琴線に触れる。(編集部・小松芙未)
鈴木亮平の熱演から一瞬たりとも目が離せない
『エゴイスト』2月10日公開
今は亡きエッセイスト・高山真さんの自伝的小説に基づく本作。少年時代から自身のセクシャリティーに悩み、田舎町で地獄のような日々を過ごした編集者・浩輔に鈴木亮平、その恋人で、シングルマザーである母親を支えるトレーナーの龍太に宮沢氷魚がふんする。ゲイカルチャーへの造詣も深い松永大司がメガホンをとり、LGBTQ+inclusive director のミヤタ廉らが鈴木と宮沢の役づくりを手助けした。
互いを補い合う二人の恋愛と思いきや、「母と子」の物語に転じていくのが本作の特徴。とりわけ目を引くのがほぼ全編にわたって鈴木をアップで捉えたカメラワークだ。近距離で手持ちのスタイル、1シーン1カットで撮影を行ったというが、特に浩輔のマンションに到着した二人が求めあうくだりはその場に居合わせたかのような臨場感。実際に宮沢が鈴木をスマホで動画撮影するなど工夫を凝らした演出も2人の愛の強さを伝える。全編を貫くのは「与える」ことで愛を示す浩輔の葛藤であり、1人称で描かれた原作の浩輔の心情を細やかに表現した鈴木の熱演から一瞬も目が離せない。(編集部・石井百合子)
女優たちのすさまじい名演
『対峙』2月10日公開
高校銃乱射事件の被害者の両親と加害者の両親が、密室で対峙し、それぞれの思いをぶつけ合う姿を描いたドラマ。息子を亡くし、その悲しみを抱えているという点では共通しているものの、殺された側と殺した側という立場は正反対の二組の夫婦の会話劇は、緻密な脚本とそれを具現化するキャストの名演が相まって、すさまじくスリリングだ。
本作で監督デビューを果たした俳優のフラン・クランツは、緊迫感を途切れさせることなく、事件の全貌をさまざまな角度から少しずつ明らかにしていく脚本も執筆し、非凡ぶりを見せている。マーサ・プリンプトン、ジェイソン・アイザックス、アン・ダウド、リード・バーニーの緩急自在の演技合戦は間違いなく本作の一番の魅力であり、特に母親にふんした女優陣の切実な演技には泣かされる。「許す」という行為の意味を、あらためて考えさせる映画でもある。(編集部・市川遥)
痛快な逆転劇が価値観をひっくり返す
『逆転のトライアングル』2月23日公開
人気インフルエンサーと男性モデルのカップルをはじめ、豪華客船に乗り合わせたリッチな乗客たち。うわべばかりが立派な彼らセレブを頂点に、高額チップに目がくらむ客室乗務員の白人スタッフと、掃除や料理を担当する有色人種のスタッフがいびつなヒエラルキーを構成している。絶妙なバランスで風刺をこめたブラックユーモア満載な展開が笑いを誘うと同時に、他人事ではないと思わせるリアリティーで居心地の悪さも感じさせる。
そんな不穏な空気が頂点に達した頃、客船の難破事故が発生。無人島に漂着した彼らのヒエラルキーも転覆してしまう。卓越したサバイバル能力を持つ掃除係が権力を掌握し、経済による階級が逆転する。経済格差を痛烈な皮肉を通じて描きながら、美しさが絶対的な価値を持つルッキズムの問題も浮かび上がらせる。リューベン・オストルンド監督にとっては『ザ・スクエア 思いやりの聖域』に続くパルムドール受賞作となる本作で、エンタメとしての魅力をさらに高めている。(編集部・大内啓輔)