アカデミー賞大本命『ライフ・オブ・パイ』アン・リー監督、不可能と言われた映像化への挑戦
インドからカナダへの航海の途中で嵐に遭い、救命ボートで洋上に投げ出された少年パイが、ボートに隠れていたトラと漂流生活を送る姿を描いた3D映画『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』を手掛けたアン・リー監督が来日し、製作の裏側を語った。本作は、来月授賞式が行われる第85回アカデミー賞に11部門でノミネートされている。
映画『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』写真ギャラリー
原作であるヤン・マーテルの小説「パイの物語」を読んだリー監督は、作品は気に入ったものの「これは誰が撮っても何の動きもない映画になるだろう」と思ったという。ところが映画化が決まり、M・ナイト・シャマランら有名監督たちがこのプロジェクトに関わっては去っていく中、とうとうリー監督のもとにオファーが届くと、何かに憑(つ)かれたようにアイデアが頭から離れなくなり「作品がわたしを選んだのだと感じ、やるしかないと思った」と決意。
しかし、作業は順調には進まず、脚本は2回も書き直しに。「これはスピリチュアルな旅。広大な砂漠を旅する西部劇のように、広大な海の上で困難なドラマが展開される。そこでのパイは、万人の象徴であり、預言者でもある」と考えたリー監督は、物語に哲学や宗教学を盛り込み、救命ボートに布を張ることでトラの動きに変化をつけ、パイのジレンマを表現するアイデアを思い付く。
そうして限られた空間の中で凝縮されたドラマを生み出し、3Dを駆使してこの信じ難い物語に観客をいざなってみせたリー監督。「退屈な映像にならないかどうか、哲学的な部分に観客がついてこられるかどうかなど、挑戦の多い作品だった。その上で一番大切だったのは、最後に観客の感情を喚起できるかどうか。そこが原作との大きな違いだった」と映画化への道のりを振り返った。
また、すでに本作がインドや中国で大ヒットを記録していることについてリー監督は「アメリカよりアジアで本作が成功したのは、観客が最後の部分に共感してくれたから。アジアの観客は、悲しさを受け入れて、映画として楽しむことができるからね」との見解を語り、笑顔を見せた。その言葉通り、多くの日本人もまた、圧倒的な映像美を楽しみ、心を揺さぶられるに違いない。そしてパイに心を寄り添わせた分だけ、最後に違うものが見えてくることだろう。(取材・文:小島弥央)
『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』は1月25日よりTOHOシネマズ日劇ほかにて全国公開