今年のカンヌ最高賞受賞作が圧倒的パワー!壮絶な貧困描く…イギリスの巨匠ケン・ローチ
第69回カンヌ国際映画祭
観る者の頭をガンとぶん殴り、無理やりにでも目を開かせるという圧倒的なパワーを持った作品をイギリスの巨匠ケン・ローチが作り上げてきた。『SWEET SIXTEEN』や『麦の穂をゆらす風』などヒリヒリするような痛みを伴う映画で知られる一方、『エリックを探して』や『天使の分け前』など近年はライトで心温まる作品も多かったローチ監督が原点回帰。80歳になる今年発表したのが、第69回カンヌ国際映画祭で最高賞にあたるパルムドールを受賞した『アイ、ダニエル・ブレイク(原題) / I, Daniel Blake』だ。
1967年の長編映画監督デビュー以来、労働者階級や移民といった社会の底辺で生きる人々の過酷な日常を映し出してきた巨匠が今回テーマにしたのは、母国イギリスの貧困の問題。心臓発作を起こして大工の仕事を続けられなくなった59歳のダニエル・ブレイクが失業手当を申請しようとするも行政に翻弄されて尊厳を失っていくさま、そしてひょんなことから彼が手を差し伸べることになる若きシングルマザー・ケイティが置かれている悲惨な状況を通し、現代における貧困とその不条理さを浮き彫りにした。
近年のイギリスでは、政府が社会保障支出の削減を進めようと「働き者と怠け者(給付受給者は怠け者で、ちゃんと働く人が不利益を被っている)」というレトリックを使ったため、病気や障害で働くことができない人たちや本当に給付を必要としている人たちまで悲惨な状態に追い込まれているという。オープニングから展開する、全く融通が利かない行政側VS率直にものを言うダニエルのやり取りは笑ってしまうほどユーモラスだが、ローチ監督はそうして観客を映画に夢中にさせた後で、唐突に暴力的といってもいいほど心を揺さぶるシーンを用意。貧困の壮絶な苦しみ、そして人としての尊厳を失うとはどういうことなのかを容赦なく突き付ける。
年を重ねても瞳は曇ることなく、社会問題に向けた眼差しは一層鋭く、澄んだものになったことを本作で証明したローチ監督。目も当てられないような社会の現実を映画というエンターテインメントに魅力たっぷりに落とし込みぐいぐい見せる演出において、彼の右に出る者はいないのだ。『麦の穂をゆらす風』に次いで自身2度目のパルムドール受賞作である『アイ、ダニエル・ブレイク(原題)』は、そんな巨匠の新たな代表作となった。(編集部・市川遥)
映画『アイ、ダニエル・ブレイク(原題)』は2017年日本公開