想定外のベッドシーン…黒沢清監督を仰天させた主演男優&女優の提案
フランス・パリで初のオール海外ロケを行い、いつになくロマンス要素の多い新作『ダゲレオタイプの女』を撮り上げた黒沢清監督が、もともと予定になかったセックスシーンが主演男優&女優の提案によって実現したことを明かした。
「昔から海外で映画を撮ってみたいという夢がありました。しかし、いざフランスで何か撮れと言われると、現地に住んでいるわけでもない僕が生々しい現実やそこにある社会的な問題を描くのは無理がある」。そう考えた監督が行き着いた結論は、「現代のパリを舞台にしながらも、社会性に囚われない、映画ならではの世界を描くこと」。フランス側から「それこそあなたに望んでいることだ」との返答を得て勇気づけられた監督は、久々のオリジナル脚本に基づく本作の撮影に臨んだ。
題名にある“ダゲレオタイプ”とは、19世紀に開発された世界最古の写真撮影法のこと。パリ郊外の屋敷を舞台に、偏執的なカメラマンである父親ステファン(オリヴィエ・グルメ)によって肖像写真のモデルになることを強いられている純真な娘マリー(コンスタンス・ルソー)と、彼女に心を奪われたアシスタントの青年ジャン(タハール・ラヒム)の運命が描かれる。そこにステファンの亡き妻の幽霊の存在が絡む本作は、黒沢監督“らしい”ミステリアスな恐怖映画だ。
その一方で、監督“らしからぬ”エッセンスにも目を奪われる。ジャンとマリーの激しくも哀しいラブストーリーについて「これまで夫婦のメロドラマは何度かやってきましたが、若い男女の燃え上がるような恋を描くのは気恥ずかしくて苦手でした。しかし犯罪絡みで恋に落ちた男女が、アウトローになって社会から転がり落ちていくというヌーヴェルバーグやアメリカン・ニューシネマの映画は大好きなんです。今回はフランス・ロケということで抑制のタガが外れたのか、それを思い切って描いてみました」と語る。
当然ながら、フランスと日本では恋愛表現の文化、慣習がかなり異なる。男女がハグをする、キスをするといった親密な描写については、フランス人的に不自然ではないかどうか主演のラヒム、ルソーに確認しながら撮っていった。すると愛の狂おしさが頂点に達するクライマックスの撮影にあたり、監督を動揺させる事態が起こる。俳優たちが「ここまで来たらセックスシーンを撮るべきでは?」と、脚本にない濡れ場を提案してきたのだ!
監督としては濡れ場なしでも映画は十分成立するという考えだったが、「もし要らなければ、後でカットしてもかまわない」という俳優たちの熱意を受け入れた。こうして予定外のセックスシーンの撮影を実施した監督は、「日本では脚本にない濡れ場を撮るなんて、俳優の事務所からNGが出るだろうしありえない。これもまた文化の違いですね。そうして実際に撮ってみたら、これがなかなかよかった。現代のゴシックホラーでもあるこの映画は、言わば愛と死の物語ですから、それにふさわしいショットが撮れました」と振り返る。
そのほかにも本作には「幼いころにヨーロッパの怪奇映画で、古めかしい城の地下室での怪しげな実験シーンや拷問器具に磔になっている美女などのイメージを観たことが、わたしの映画の原点」と語る監督の欲望が反映された描写が随所に盛り込まれている。こうして、日本を代表する恐怖映画の巨匠がフランスで紡ぎ上げた“世にも怪奇なラブストーリー”が誕生した。(取材・文:高橋諭治)
映画『ダゲレオタイプの女』は10月15日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国公開