『ちょっと今から仕事やめてくる』に見るパワハラ上司より怖い日本の風潮
『八日目の蝉』『ソロモンの偽証』などの成島出監督が、ブラック企業で追い詰められていく若手社員の受難を描く最新作『ちょっと今から仕事やめてくる』(5月27日公開)を通し、声を上げられなくなる日本の風潮を指摘している。
本作は、ブラック企業で働く若手社員・青山(工藤阿須加)と、彼を救う謎めいた青年・ヤマモト(福士蒼汰)の交流を描く物語。パワハラ、過剰ノルマ、自殺など深刻な社会問題、ヤマモトの正体を巡るミステリー、青山とヤマモトの友情など複数の側面を持ち、ファンタジックで心温まる独特のタッチが印象的だ。
当初、脚本のみ担当する予定だったという成島監督が監督も兼任する決意に至った理由として、監督自身が20代に2人の友人を亡くした過去があった。「シビアなテーマを描きながらも読後感がさわやかな原作に魅了されました。自分には自殺した2人を救えなかった思いがあり、できなかったことを映画の中でやってみたかった。実際にはヤマモトのような人物は存在しないかもしれませんが、こういう人にいてほしいという願望をかなえるのが映画だとも思います」。
劇中、吉田鋼太郎演じるパワハラ上司・山上部長から罵倒され、土下座させられ、死しか考えられなくなる青山だが、成島監督いわく最も怖いのは青山を追い詰める山上ではなく、それを傍観する周囲だという。「一番怖いのは『部長それやりすぎじゃないですか?』と誰も言えなくなる空気。小学校だったら、誰かがいじめられていても、声を発したら今度は自分がいじめられるんじゃないかと恐れ、黙ってしまうこの国の怖さ。それは『聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-』など、僕が過去に手掛けてきた作品にも通ずるテーマです」。
青山を演じる工藤は監督から毎日、新人社員が着るようなスーツを着用するように言われ、リハーサルを重ねるうちに「もう本当に死にたい」と役柄とシンクロするまでになったという。そんな彼が、正体不明だが太陽のように明るいポジティブ思考のヤマモトに出会うシーンの撮影では「前半で会社のシーンを、後半でヤマモトと出会うシーンを撮ったんですが、ヤマモトとのシーンの工藤くんは本当にうれしそうでした(笑)。あれは作ったものじゃなくて本当に、本人の実感なんですよ」と過酷なシーン撮影を経て生まれた工藤のリアルな表情に満足げな成島監督。
生きる意味を見失い、働くために生きているかのような社会人の背中を押すメッセージが託された本作。成島監督は「真面目な人ほど追い詰められ、電通の事件のようなことが起きてしまう。本当は青山君のような人に観てもらいたいんですけど、実際には彼のような残業、残業の状況にいると映画を観る余裕もないと思う」と前置きしたうえで、「まずは恋人、奥さん、家族など周りの人が観ることから広がり、この映画そのものがヤマモトになれば。子供が小さかったりしたら辞めたいなんて言いづらいと思うし、まずは周りの人が観てヒントになればと思います」と悩める社会人に真摯なエールを送った。(取材・文:編集部 石井百合子)