幻に終わった傑作映画たち 凶暴なE.T.や宮崎駿のピッピも
スティーヴン・スピルバーグやスタンリー・キューブリック、アルフレッド・ヒッチコック、デヴィッド・リンチからコーエン兄弟など、巨匠・名匠たちの未完に終わった映画の真実に迫る「幻に終わった傑作映画たち 映画史を変えたかもしれない作品は、何故完成しなかったのか?」(竹書房刊/編者・サイモン・ブラウンド、翻訳・有澤真庭)が12月1日に発売された。(今祥枝)
本書は、有名監督や有名スターが名を連ねながら、何らかの理由でスクリーンまでたどり着かなかった作品たちの舞台裏を明かしていく映画本である。編者のサイモン・ブラウンドは、ロサンゼルス在住のイギリス人ライターで、映画雑誌「エンパイア」の客員編集ライターを10年以上続け、「サンデー・タイムズ」紙ほか多くの媒体にも寄稿。アレハンドロ・ホドロフスキーが、1975年にSF小説「デューン/砂の惑星」映画化に挑戦・挫折した記録の決定版を執筆した人物でもある。そのブラウンド自身を含む16名の記者やライターたちが、巨匠たちの胸に迫る逸話とともに50本以上もの“幻映画”の舞台裏を執筆。脚本の抜粋やストーリーボード、セットでのスチルや残されたフッテージなどをふんだんに交えて、企画の始まりから、どのような経緯をたどって挫折したのかを事実に基づき、分析・考察する。
編者のブラウンドは、本書について序文で次のように語っている。「1979年に、もしスティーヴン・スピルバーグが当時の心境にまかせてダークなエイリアン侵略映画『ナイト・スカイズ』を撮っていたら、われわれが『E.T.』 (1982年)を観ることはかなわなかった。詩的な魅力と子どもっぽいセンス・オブ・ワンダー溢れるこの作品がなかったら、その後10年間に彼が作る映画の方向性はまったく変わっていたかもしれない」。
また、本書には11月2日にNetflixで配信開始となった『市民ケーン』(1941年)のオーソン・ウェルズの幻の遺作『風の向こうへ』の項もある。ウェルズが亡くなったことにより映画は永遠の未完に終わったと思われていた。だが、撮影済みのフィルムをもとに40年以上の時を経て、ついに観客のもとへ届けられたことは記憶に新しい。どういった事情で『風の向こうへ』をウェルズが完成させることができなかったのかを本書で知ることは、映画を理解するための重要な資料にもなるだろう。
ほかにも、本書ではとん挫したかに思われていたが、最近になって企画が進行中であると報道された『グラディエーター2』や『シカゴ・セブン裁判』、既に2019年10月の公開が決まっているウィル・スミス主演の『ジェミニ・マン』なども掲載されている。そうした“その後の物語”を踏まえて本書を読むと、改めて1本の映画が世に出るまでには、これほどまでに複雑な道のりをたどるのかと感慨深いものがある。まさにブラウンドがいうように、「1本の映画が実際にスクリーンにかかるというのは“奇跡”ともいえる」のだ。
特筆すべきは、本書に掲載されている“幻映画”には才能あるアーティストたちが想像力をめぐらせて書き下ろした「幻ポスター」がつけられていること。アーティスティックなこれらのポスターは映画ファンの想像力を刺激し、甘く切ないロマンをかき立てるに違いない。世に出ることのなかった映画たちに思いをはせながら、気になる作品をあちこち拾い読みするのもよし。あるいは年代順に通して読めば、知られざる映画史の一端をなぞることもできる。まさに映画ファン必読の書と言えるだろう。
「幻に終わった傑作映画たち 映画史を変えたかもしれない作品は、何故完成しなかったのか?」(竹書房刊 定価:本体3,000円+税)は発売中