小津安二郎の無声映画、弁士と生演奏でモスクワを魅了
ロシア・モスクワの国立トレチャコフ美術館などで開催中の小津安二郎監督レトロスペクティヴで活動写真弁士・片岡一郎による弁士付き上映が4回に渡って行われた。会場には、小津映画をロシアに紹介したロシア国立映画博物館・元館長で映画評論家のナウム・クレイマンも駆けつけ、上映後には興奮冷めやらずといった面持ちで片岡に賞賛の言葉をかけ「今後は是非ロシアの無声映画に弁士を付けてください」とラブコールを送っていた。
モスクワでの小津の回顧上映は1999年以来、19年ぶり。今回は「ロシアにおける日本年2018」事業の一つとして国際交流基金やロシア国立映画保存所(ゴスフィルモフォンド)の主催で行われ、イランのアッバス・キアロスタミ監督がオマージュを捧げた『5 five~小津安二郎に捧げる~』(2003)から、4Kデジタル修復版『東京暮色』(1957)、さらにゴスフィルモフォンドで発掘された94分の完全版『父ありき』(1942)など32作品を上映した。
なかでも目玉は、貴重な弁士付き上映だ。モスクワでは2015年に、同じ国際交流基金などの主催で活動弁士・ひさご亭遊花による日本の無声映画上映が行われていることから、企画に携わったトレチャコフ美術館の映画部門の責任者マキシム・パブロフは今回は男性の弁士を招きたかったという。そこで2007年からイタリアやドイツなど積極的に海外公演を行っている片岡を招聘(しょうへい)したという。
弁士付き上映は『東京の合唱(コーラス)』(1931)、『大人の見る絵本 生れてはみたけれど』(1932)、『出来ごころ』(1933)、『浮草物語』(1934)の4作。地元の無声映画伴奏者フィリップ・チェルトーフのピアノ演奏と共に片岡が日本語で語り、地元の観客はロシア語字幕を追いながら鑑賞を楽しむスタイルだ。片岡は「上映中に笑いも起こって、いつも海外公演はそうなのですが日本より反応が良いです」と笑顔を見せていた。
片岡もロシアは初めて。ピアノからバイオリン、時にドラムまで地元のアーティストと初対面で公演を行うことも多く、同じ作品でも彼らの解釈が異なるため、ジャズセッションのように刺激的だという。ただ日本独自の文化として海外で注目を浴びる一方で、なかなか国内では後継者が少ないのが実情だ。無声映画のフィルムを上映できる場所や技術者も少なくなっている。もっとも片岡も弁士実技指導で参加した周防正行監督『カツベン!(仮)』が2019年12月に公開されることとなり、改めて活動弁士や無声映画が見直される契機となりそうだ。
モスクワでの小津安二郎監督レトロスペクティヴは、小津監督の命日にあたる12月12日(現地時間)まで開催。また片岡は、音楽家・菊地成孔らと共に無声映画について語り合う上映イベント「CONVERSATIONS IN SILENCE」を定期的に開催しており、12月28日に東京・代官山の「晴れたら空に豆まいて」で行われるVol.4では、ソビエト連邦時代のサイレント映画『戦艦ポチョムキン』(1925)を上映する。(取材・文:中山治美)