トイレにすら行けない…宅配ドライバーの壮絶な日々が映画に
第72回カンヌ国際映画祭
現地時間17日、第72回カンヌ国際映画祭でコンペティション部門に出品されている映画『ソーリー・ウィー・ミスト・ユー(原題) / Sorry We Missed You』の公式会見が行われ、イギリスの巨匠ケン・ローチ監督(82)と脚本家のポール・ラヴァーティが宅配ドライバーとその家族の姿を描く本作に込めた思いを明かした。
長年にわたって、労働者階級や移民を題材にした映画を作り続けてきたローチ監督とラヴァーティが今回取り上げたのは、“個人事業主”の宅配ドライバーとして新たなスタートを切った主人公が過酷な現実に直面するさま。事故や強盗に遭っても何の保障もなく全てのリスクを負う一方で、渡された端末に何もかもを管理され、トイレに行く時間すらなくペットボトルで用を足し……。タイトルの「Sorry We Missed You」は不在配達カードに書かれているお決まりの言葉で、働き通しですれ違う家族の姿とも悲しく重なる。
本作の制作にあたり、「現代における仕事の問題点」をラヴァーティらと話し合うところから始めたというローチ監督。「かつてはスキルを身に付け、一生の仕事を見つけ、家族を養った。だが現在は、人々は個々に契約を結ぶようになり、雇用や解雇は当日に通知され、雇用主は彼らがどれだけ働くことになるかといったことに何ら責任を負うことがない。巨大な企業にとっては完璧な状況だ。厳しいボスがムチを振るう必要もなく、労働者は自ら倒れるまで働かざるを得ない。それが今起きている変化なんだ。それが家族のあり方にどう影響を与えるかということを考えていった」と振り返る。
当事者への徹底的なリサーチを行ったラヴァーティは「Amazonの宅配ドライバーにインタビューして印象に残っているのは、彼の顔色はほとんど灰色で、目は真っ赤だったということ。疲弊し切っているんだ。偶然にもインタビューをしたその日に、ジェフ・ベゾス氏(AmazonのCEO)が世界一の富豪になった。彼にそのことが書かれた新聞を見せたら、唖然としていたよ。彼はその時、自分が世界中にいる何十万ものドライバーの一人であり、全てジェフ・ベゾスに吸い上げられていることに気付いたんだ」と怒りをにじませる。まくし立てるように「仕事は、家族の面倒を見るためにするもの。だが、今はその“仕事”が愛するものとの時間を奪っている。こんなのバカげている」と続けた。
そして本作の主人公のように、借金を抱える人々は仕事をやめることもできず、逃げ場もない。ローチ監督は「彼らは手足を骨折しても仕事に行くんだ。その状態で運転する。ある人は糖尿病なのに、働かないといけないから病院の予約を逃し、病気が悪化して、仕事のスピードが落ちるからもっと病院にも行けなくなって、最後には死んでしまった。そもそもそれは、仕事をやめられないのが原因。借金があるから。そういうシステムがあるから。これが現実なんだ」と訴えていた。(編集部・市川遥)
映画『ソーリー・ウィー・ミスト・ユー(原題)』は12月13日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
第72回カンヌ国際映画祭は現地時間5月25日まで開催