『孤狼の血』鈴木亮平、倫理観を壊して半年間悪役に没頭「僕自身も無傷ではいられない」
白石和彌監督が柚月裕子の小説を映画化した2018年のヒット作の続編となる『孤狼の血 LEVEL2』(8月20日公開)。本作で松坂桃李演じる主人公の刑事・日岡秀一の最凶・最悪の敵となる組長・上林成浩を演じた鈴木亮平が、日本映画史に刻まれるであろう強烈な悪役を作り上げた過程と、俳優としてのスタンスを明かした。
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今回の舞台となるのは前作から3年後。「孤狼の血」を原作にした前作の映画と、小説第2作「凶犬の眼」、3作「暴虎の牙」を繋ぐオリジナルストーリーが展開する。前作で役所広司が演じたマル暴のベテラン刑事・大上の後を継いだ日岡は、広島県内最大の広域暴力団・広島仁正会と、呉原市を拠点とした尾谷組の抗争を鎮め、広島の裏社会を治める刑事となっていた。しかし、3年前に死亡した広島仁正会会長・五十子正平の腹心だった上林が刑務所から出所してきたことにより、裏社会の秩序は崩壊。上林は、会長を殺した者への復讐を誓い、その矛先は日岡にも向けられることに。己の破壊衝動のままに暴走する上林が巻き起こす嵐は、日岡を絶体絶命の窮地に追い込んでいく。
自身のアイデアを交えながら役づくり
完成品については「見終わって試写室から出た後、白石監督に思わず『(劇中で使っている広島弁で)おもろいのう』って言いました(笑)。文句なく面白かったし、パワーをもらいました」と、その出来に自信を窺わせる鈴木。当初、続編からの参加であることにはプレッシャーも感じたそうだが、白石監督から「上林を日本映画史に残る悪役にしてほしい」と言われた鈴木は、脚本を読んで「これはお受けしないわけにはいかない」と感じ、出演を決意。30歳を過ぎて『HK/変態仮面』(2013)、『俺物語!!』(2015)で主人公の高校生を演じたり、大河ドラマで主役の西郷隆盛を演じるなど、これまで硬軟織り交ぜ実に多彩かつ幅広い役柄を演じてきているが、今回のような悪役を演じているのはあまりみたことがない。
「多分、一般的な僕のイメージって、最近は特に『良い人』を演じる機会が多かったので、そのイメージが先行していると思うんです。その僕にあえて、ここまで強烈な役をオファーしてくださった。それは、白石監督が僕にできると思ってくれたということ。負の感情や暴力的な部分というものは、多かれ少なかれ誰にもあるものだと思いますので、そういうところを生かせる役というものは、いつも求めていました」
外見的な部分では「僕は耳がちょっと個性的で尖っているので、それを見せたら威圧的になるんじゃないかなと、もみあげがない髪型にしました。撮影現場では『もみあげどこに忘れてきたんですか?』と言われていましたね(笑)」と髪型を工夫することで悪魔的な雰囲気を強めた。世の中の苦しみを背負うという毘沙門天(びしゃもんてん)のタトゥーや派手な衣裳はスタッフが用意したものだが、「当時(平成初期)は、みんな開襟シャツの襟をスーツの上着から出しているのですが、出所してきたばかりの設定ですし、トレンドには乗りたくなかったので、上林だけは襟を上着の中に入れています」との自身のこだわりも取り入れている。
“悪役っぽく”見えたら終わり
さまざまなアプローチで役を掘り下げていく鈴木。「悪役として一番魅力的というか、強烈な印象を残すためには、きちんと“人間”として見えなくては」という鈴木が行った今回の役づくりは、脚本を読み込んで上林の内面を徹底的に掘り下げていくことだった。
「例えば、『どんな人生を歩んできたんだろう』『この人は何を思っているんだろう』と想像が膨らむ、あるいは何かを感じ取れるレベルにまで、演じる人物を自分の中で落とし込むことができれば、お客さんにも楽しんでいただけるのかなと。今回で言うと、上林が心の奥底では何を求めているのか、自分が犯した罪について本当はどう思っているのかなど、彼自身も気づいていない心理のようなものを、自分の中から掘り起こしていくことをヒントにしました」
コロナ禍により、約半年もの間、本作の撮影前に予定されていた仕事が無くなってしまったという鈴木。結果的にその期間は本作のための準備期間となり、ずっと上林という役に向き合い、突き詰めていくことになった。その期間について鈴木は「脚本に説明のないところも自分の中で一つ一つ理由づけを行って、上林の身に起きたであろうことを本当に起きたこととして信じ込めるくらいのレベルにまで自分の中に落とし込む時間がありました」と振り返る。しかし、それは精神的にも負担が大きい。「めちゃめちゃつらいですね(笑)。特に現場に入ると、どうしてもこっちの精神も無傷ではいられない。人を傷つけるということは、自分の中にも蓄積していきますから。でも、それはこういう役を演じる責任というか、背負わなきゃいけないことではあると思います」
ここまで悪役という言葉で上林を語ってきたが、鈴木自身は「もちろん普通に考えて悪役なのはわかってはいますが……」と笑いつつも、「僕個人としては、上林を悪役だとはいまだに思っていない。自分のオヤジ(親分の五十子会会長)を日岡に殺されているから憎んで当然だし、日岡の方が外道で悪い奴だと思っている。だから全く悪役として演じてはいないです」という。そこには「少しでも“悪役っぽく”演じてしまうと、『悪役』としてしか見られなくなり、お客さんは離れてしまう」との思いもあった。とはいえ、作品的な役回りとしては悪役であり、同情の余地もなさそうな凶暴な人物を演じることの難しさはなかったのだろうか。「本来、共感できない人物に、自分だけが寄り添っていく……自分の倫理観を壊して相手の倫理観に寄せていく作業っていうのは、離れているからこそ隙間を埋めていく快感のようなものがありますね。『あ、わかった』みたいな瞬間があるんですよ」
なぜそこまで身を削る?ストイックさの背景
悪役を演じる醍醐味についても、「日岡や周りの人間をどうやって追い込んでいくかというような、攻めの芝居に徹することができるのは、悪役でしか体験できないことかなと思いました」と充実した表情で語る鈴木。一方で、鈴木のストイックな役づくりは、自身への負担が大きいように思う。年齢やキャリアを重ねるうちに、肉体や精神に負担の大きい役は避けたいと思ってもおかしくないが、「やっぱり一番好きなことを仕事としてやらせていただいているのに『この辺でいいや』というのは、僕には出来ない。もちろん制作スケジュールなどさまざまな事情での限界はありますから、その範囲の中で出来る限りのことをやる。それが出来ないなら引き受けるべきではないと思います」と語り、これまで同様に攻めた役選びのスタンスも崩さない、俳優としての揺るぎない姿勢を見せていた。(取材・文:天本伸一郎)