米倉涼子、新聞記者役で吐息レベルの声量 地上波を超え新たな挑戦
この人なら、こういう役で、こんな演技がハマる。人気俳優にとって、そうした“イメージ”は重要だ。米倉涼子も「私、失敗しないので」の名ゼリフでおなじみのドラマシリーズ「ドクターX ~外科医・大門未知子~」を筆頭に、自分の意思を強く主張し、問題を解決する役がよく似合う。しかし、映画『新聞記者』をドラマ化したNetflixの同名シリーズ(全6話)での彼女の演技は、明らかにこれまでの自身のイメージを変えたと言っていい。米倉にとっても新たな挑戦になったようだ。
米倉が演じたのは、タイトルにもなっている新聞記者の松田杏奈。「地上波とはまた違う世界のドラマですし、今大人気の監督(藤井道人)なので、新しい出会いとなる、ありがたい作品でした」と出演の決め手を語る米倉だが、現場では予想外の事態が待っていたという。
軸となるストーリーは、東都新聞社・社会部記者の松田が、国有地払い下げ問題や、それに伴う公文書改ざん疑惑を追及するというもの。正義を貫き、真相に迫っていく設定は、イメージどおりの米倉涼子を予感させる。しかし完成されたドラマを観ると、明らかにいつもの彼女と違う人がいる、という印象だ。グイグイ押す演技でいくと誰もが思ったはずだが……。
「ですよね(笑)。そのつもりで現場に行ったのですが、一番最初の監督からのお願いが『とにかく抑えてください』でした。実際に抑えて演じたつもりでも、監督は『もっと、もっと』という感じで、普段の演技を100とすると、10くらいのレベル。わたしの声は結構通るので、意識的に小さくして、もう吐息くらいになりました(笑)。ですからフラストレーションが溜まったのも事実です」
しかし、そのフラストレーションがあったからこそ、新たな発見もあったという。
「わたしは感情を表に出してしまうタイプなので、声を届けたいけど届けられない人の思いを表現するお芝居はとても勉強になりました。役者としても、わたしは抑えた演技をするタイプではないと思っていますが、視聴者の方に似合っていると感じていただけるのなら、そのポテンシャルもあるのかな……」
声を届けられない人の思いを伝える。それこそが新聞記者の使命であることから、米倉は撮影に入る前に新聞社を見学し、現場の話をたっぷり聞いた。
「基本的に新聞記者さんは、自分をあまり前に出さないスタイル。一歩下がって相手の話を聞くわけです。いかに取材対象と長い時間、話せるかも大切です。今の世界に届けたい思いをしっかり持っていないと、くじけてしまう仕事かもしれません。現場の生の声、生の動きを届ける仕事がいかに大変なのかを実感しました」
本作は、政治事件やスキャンダルに切り込む社会派ドラマでもある。こうした作品への出演にはためらいを感じる俳優もいると思うが、米倉は「わたしが思っていることを『こうです』と伝えるわけではなく、あくまで一役者として台本に則ってやらせていただいています」と話す。では完成した作品についてどう感じているのだろうか。
「それぞれのキャラクターが追い込まれていく物語ですが、登場人物それぞれに命が吹き込まれた作品だと感じました。この作品では自分以外の人たちの演技を堪能しました。わたしはいつも自分の演技を観ると反省ばかり。今回は周りのことを考え過ぎず、もっと自分のキャラクターに集中するポテンシャルをもっていいのだということも学びました。藤井監督の現場はテイク数が多く、根気も必要。監督の理想形があるのでしょうが、完成作を観て、配役のバランスとともに、松田がどうしてこういう人物なのか伝わってきました。また藤井監督の作品でリベンジしたいですね」
「新聞記者」はNetflixによって世界各国に配信中。その点についても米倉は期待を高めているという。
「わたしはアメリカにも友人が多いですし、世界のどこで、どういう方が注目してくださるのか想像が広がります。これまでとは違った趣のキャラクターを演じていることもあって、どう捉えていただけるのか楽しみなんです」
そのキャリアを知っている人なら、「新聞記者」の米倉を観れば、意外性のある演技に驚くはず。では海外で、この作品で初めて彼女を観る人にはどう映るのか? 吐息のような声で抑えた演技の、俳優・米倉涼子へのまっさらな評価を、誰よりも本人が楽しみにしているのかもしれない。(取材・文:斉藤博昭)
Netflixシリーズ「新聞記者」は全世界同時独占配信中