奥平大兼、デビュー後の重圧克服 長編映画第2作で監督から救いの言葉
演技未経験にして、初オーディションで数百人の応募者の中から長澤まさみ演じる主人公の息子役に大抜擢された『MOTHER マザー』(2020)で俳優デビュー。その鮮烈な演技が評価され、第44回日本アカデミー賞をはじめ、多くの新人俳優賞を受賞した奥平大兼が、2年ぶりの長編映画となる『マイスモールランド』(5月6日公開)に出演。「撮影当時、役者としての悩みを抱えていた」という奥平が、最良のタイミングで出会えた本作の思い出を振り返った。
【写真】奥平大兼『MOTHER』以来の映画出演!『マイスモールランド』
本作は、日本で育ったクルド人の少女サーリャが、在留資格を失ったことでさまざまな困難に直面しながらも、アイデンティティを求めて成長していく物語。奥平は、サーリャのバイト仲間であり、彼女が初めて心を開いた高校生・聡太を演じている。
サーリャ役の嵐莉菜は本作で俳優デビュー。また、サーリャの家族を演じるキャストたちも全員、本格的な演技は初めて。「今までは年上の方に囲まれた現場が多かった」という奥平にとって、今回は異例の環境でもあった。「これまでは年上の方々が僕のことを受け止めてくださっていたので、現場では甘える立場だったんです。莉菜さんは初めての年下の共演者だったんですけど、そんなに先輩感も出したくないですし、どうやって距離をつめればいいのか分からなくて……。最初に会う日に、すごく悩んでいたら、莉菜さんの方からフレンドリーに話しかけてくれたので助かりました」と打ち明ける。
嵐はもちろんサーリャの妹弟役のキャストたちも「明るくて話しやすい、お兄さんみたいな人」だと話していたことを伝えると、「良かった! それは嬉しいです」とホッとした表情に。「それこそ『MOTHER マザー』でデビューした頃は、人と話すのが苦手で。このままじゃまずいなと思って、しゃべり方を勉強して、今では初対面の人とでも、少しは話せるようになりました(笑)」
本作で商業映画デビューを果たした川和田恵真監督が、撮影に入る前に何回もワークショップを行ったことも、大いに助けとなった。嵐との重要なシーンの芝居の実演や、役についてのディスカッション、そして特に印象的だったのが、スタッフ・キャストを交えた「お花見」だった。「そのおかげで、莉菜さんだけでなく、スタッフのみなさんとも仲良くなれました。あれは、直接的な役づくりというわけではないけれど良かったです。今後も毎回、映画を撮る前にやりたいと思うくらい。やっぱり、いきなり初めての方々と映画を作るって、普通に考えると大変なことだから。そういうふうに、少しでも仲を深められる機会があったのは、本当に嬉しかったですし、みなさんと今回だけでなく、いろいろな現場でご一緒したいと思いました」と懐かしんだ。
川和田監督の“皆が自然体でいられる環境を作る”というスタンスは、「2021年の初めから半年間くらい、ずっと悩んでいた」という奥平自身の心も解きほぐした。「デビュー作の『MOTHE マザー』で新人賞をいただけたことは、本当にありがたかったのですが、あのときのお芝居はもう二度とできないと僕は思っていて。二度とできないことを評価されて、すごく複雑だったんです。素直に喜べないというか。その後はずっとお芝居がうまくできない気がして、現場でOKをいただいても自信が持てなくて……。『マイスモールランド』に入ったときも、まだそういう状態が続いていたので、川和田監督に『どうしたらいいですかね?』と相談したんです。このことを誰かに相談したのは初めてだったのですが、監督は僕の話をすごく真摯に聞いてくれて、アドバイスもくださって。悩みが吹っ切れたのは、本当に川和田監督のおかげですね」と感謝の思いを口にする。
さらに川和田監督のアドバイスの中でも、最もストレートに胸に響いたのは「『考えすぎじゃない?』っていうシンプルな言葉」だったと笑う。「それって、聡太がサーリャに言うセリフじゃん! と思って(笑)。でも、確かにそうだなと。そんなに重たく考えすぎず、最初のお芝居が評価されたかどうかとか、そういうことに囚われないようにしました」
劇中には、美大を目指す聡太が、サーリャやサーリャの弟とともに、楽しそうにスプレーアートを制作するシーンが2回出てくる。サーリャたちの心が自由に解き放たれる様子が伝わる魅力的なシーンだが、これらはワークショップの際、奥平から「絵が好き」だと聞いた川和田監督が新たに脚本に加えたものだという。「ここまで自分が役に反映されることは、なかなかないので、本当に面白かったです。聡太の考え方もよく分かるし、自然に聡太として居ることができた」と奥平。
ちなみに「劇中では現代アートっぽい絵を描いていましたが、僕自身は現代アートより、19世紀後半の印象派、特に風景画が好きなんです。一番好きな画家は、ポスト印象派のゴッホ。彼の人生については、本をたくさん読んで勉強しました」とも。
クランクイン時の「これから役者として、どうがんばっていけばいいのか」という悩みがいつしか解消し、晴れやかな気持ちでクランクアップを迎えた本作は、第72回(2022年)ベルリン国際映画祭のジェネレーション部門に正式招待。日本映画初となるアムネスティ国際映画賞スペシャル・メンション授与の快挙となった。
「大舞台で評価していただけたことで、この映画を知ったという方もいらっしゃると思います。本当に多くの方に観ていただきたい作品なので、すごく嬉しいです」と喜びを表しつつ、「自分勝手ではありますが、僕にとっては自分自身が助けられた作品だったということが一番大きい。役者として、得るものがとても多かった現場です」と断言する。
この春に高校を卒業し、これからは役者に専念することになる。「もう僕はとりあえず、飽きるまでは役者をやりたいと思っています」。『MOTHER マザー』ののち「恋する母たち」(TBS系)、「レンアイ漫画家」(フジテレビ系)、「ネメシス」(日本テレビ系)、「サヨウナラのその前に」(日本テレビ系)など連ドラ出演が続き多忙な日々を送る奥平だが今後、山田杏奈とダブル主演を務めるWOWOWドラマ「早朝始発の殺風景」が控えている。(取材・文:石塚圭子)