ムロツヨシ、イイ人なパブリックイメージは「正直怖い」
俳優ムロツヨシといえば、先輩後輩問わず頼られる人間性や、交友関係の広さから「イイ人」というイメージを持つ人は多いだろう。そんなムロが、主演を務めた新作映画『神は見返りを求める』(6月24日公開)で、“神”と呼ばれるほどのお人よしの男が、底辺YouTuberの女性と出会ったことからドロドロとした感情に支配され、変貌していくさまを静かなる狂気をたたえて好演した。「イイ人とはなんぞや……」というメッセージを体現したムロにとって、「イイ人」というパブリックイメージにはどんな思いを抱いているのだろうか。
現場では「とても静かにいました」
2016年に公開された映画『ヒメアノ~ル』以来、吉田恵輔監督(吉はつちよしが正式表記)との2度目のタッグとなった映画『神は見返りを求める』。今作では、見返りを求めず純粋に人のために尽力したものの、恩をあだで返され、豹変していくイベント会社勤務の主人公・田母神(たもがみ)役として臨むことになった。
ムロは「愚かさをいやというほど描いて、でもその愚かな人間にも最後には居場所を作る。監督らしい人物の描き方」と吉田監督が生み出すキャラクターの特徴を挙げると「これだけ監督の思いが詰まった魅力的なストーリーのなかで、真ん中に立たせてもらい、共演者もスタッフも自分に期待してくれるという状況。そのことに対して、自分のなかでは、とても重く受け止めるべきだという気持ちが強かったんです」と撮影時に感じたことを述べる。
いつもは明るくムードメーカーとして現場に立つムロだったが、本作では「とても静かに現場にいました」という。「映画の最初に名前が出る立場を与えてもらったことに対して、プレッシャーをかけないようにするのではなく、敢えて自分を追い込んで、主演というのはそこまで重いものなんだと負荷をかける。それが、吉田監督が作った世界観や思いに応えることにつながると思ったんです」と語ると「まあでも、あくまで根性論ではなく、気持ちの問題ですけれどね」と笑顔を見せる。
そんなムロの現場での様子に吉田監督も驚いていたようで「『いつものムロツヨシじゃない』って言われました」と苦笑いを浮かべると「どうも(主演をやるようになって)カッコつけ始めたなと思ったみたいですよ」と語る。ムロが感情を剥き出しにしていくYouTuber・ゆりちゃん役の岸井ゆきのも「“ムロしずか”でした」と完成披露試写会の席で明かすほど、パブリックイメージのムロとは違ったことを明かしていた。
「職業ムロツヨシ」と伝える防御策
本作でムロが演じた主人公は、合コンで知り合った底辺YouTuberの川合優里(岸井ゆきの)に善意を踏みにじられたことで憎悪をむき出しにしていく。そんなキャラクターに対して「田母神は本当に見返りを求めていない人間だったと思うんです。でもやっぱり、自分をないがしろにされ、何もなくなってしまったことで虚しさや怒り、憎しみが湧いてきてしまった。人に優しさを与えるだけで満足できる人はいるかもしれないけれど、やっぱりどこかに“見返り”を求めてしまう欲があると思う。それが人間らしさでもあると思うんです」と役への解釈を述べる。
ある意味で非常に人間らしい田母神だが、元々「イイ人」というイメージがあっただけに、よりその行動にはインパクトがある。ムロ自身にも、人懐っこい笑顔と明るいキャラクターで、先輩後輩問わず信頼されるというイメージを持っている人は多いのではないだろうか……。
ムロは「そういうパブリックイメージはあるかもしれませんね」とうなずくと「すごく身近なことで言えば、僕は自分の映画や舞台、ドラマの宣伝でSNSなどをやっていますが、フォロワーさんの数が増えていくと『認知していただけているのかな』と思いますし、やっぱり人前に立つからこそ、サービス精神ではないですが、より作品に興味を持っていただけるように、必然的に“イイ人”を担っちゃう部分はあると思います」と分析する。
こうしたイメージについて「正直怖いですよ」と正直な胸の内を明かしたムロ。その理由について「この時代、一つでも何かマイナスなことがあれば、一気に落胆されることもありますよね。だから最近は防御のつもりで“これは職業ムロツヨシです”と伝えることはしていますし、どこかで(ファンが)“好き”から“嫌い”になる瞬間も受け入れなければいけないなと思いながら、くそ真面目にふざけようかなと思っています」とスタンスを語った。
主演を任されたからには全力でお返ししたい
「この年齢で初主演ですからね」とムロは語る。映画の公開は『マイ・ダディ』が先だったが、撮影は『神は見返りを求める』の方が早く、ムロが映画初主演として臨んだ現場は本作だった。「どんな立ち位置でも作品に対する思いは変わらないんですけれどね」と前置きしつつも「主演として呼んでいただいたことには全力でお返ししたいという思いはあります。僕は俳優なので、その思いに応えるのはお芝居しかない。それが現場での態度になったのかもしれません」と強い目線で語る。
こうした前提のうえで「もちろん宣伝活動では、一人でも多くの人に作品を知ってもらうために全力を尽くしますし、今までのムロツヨシを共存させながら、思い切りおちゃらけ全開でいきたいです」と宣言。この言葉通り、完成披露試写会ではコロナ禍で歓声があげられないなか、全身全霊のパフォーマンスで観客を盛り上げていた。(取材・文・撮影:磯部正和)