大沢たかおの王騎に海江田を見た『沈黙の艦隊』プロデューサーが語るオファー理由
かわぐちかいじの漫画「沈黙の艦隊」は、実写化不可能といわれた問題作だ。日米が極秘裏に造った最新鋭の原子力潜水艦で反乱逃亡し、核ミサイルをブラフに独立国「やまと」建国を宣言するという衝撃的な内容で、発表当時、社会的な大反響を巻き起こした。30年の時を経て、同作の実写映画化を実現したのは、『銀魂』『キングダム』など人気シリーズを多く世に送り出した松橋真三プロデューサー。なぜいま、大沢たかお主演で映画化が実現したのか、松橋が詳細に語った。
【動画インタビュー】大沢たかお、実写版『沈黙の艦隊』を語る!
「原作が好きだったので、これまでに幾度となくやりたいと思っていましたが、その危ういテーマ性と、製作費やVFXの技術の問題で実現しませんでした。ただ、おかげさまで僕自身も経験を積み信頼がついてきてくれました。時を同じくして世界に通じる大胆な大作エンタメに挑戦しようとしていたAmazonスタジオさんにご提案したら前向きなお返事をいただき、実現しました」と松橋は明かす。
「やまと」艦長・海江田役は、『キングダム』シリーズで大絶賛された王騎将軍を演じた大沢たかお。松橋は「大沢さんは生半可な企画はやらない俳優さん。やりがいのある役がなかったら引退してもいいという方です。王騎を超えるような挑戦のしがいがないと受けていただけないだろうと思い、『ハードルは高いですが、海江田はどうでしょう?』とご提案したところ、興味をもっていただけました」とオファーの経緯を説明する。
海江田は、ミステリアスな、ともすればテロリストという、ほかに類を見ないタイプの主人公だ。松橋は「王騎の、その佇まいひとつで皆が従うような類まれなカリスマ性、何をしでかすかわからない雰囲気や謎めいているところは海江田にも通じています。間近で王騎を見ていて、海江田を演じられるのは大沢さんしかいないと思いました」とキャスティングの理由を語った。
また、大沢は今作のプロデューサーにも名を連ねているが、それも自然な流れだった。「いろいろご相談する中で、リアリティーを追求するために実物の潜水艦を撮影したいですね、自衛隊の協力をお願いできるといいんですが、というお話をしたら、大沢さんが『コネクションがあるから聞いてみます』と言ってくださって。防衛省・海上自衛隊の協力体制は、大沢さんのセッティングなんです」と驚きの事実を明かし、「ならもう一緒にやりませんかとお誘いして、プロデューサーになっていただきました」という。
一流プロデューサーでもあった
プロデューサーとして大事な資質は、考えたことを形にすること。大沢はその意味でも優秀だったという。「ご自分で提案して、ご自分できっちり決めてくる。カッコいいんですよ。この規模の作品だと通常ならもっと時間がかかるところをバシバシ決めていけたので、スピード感をもって企画成立までに至りました」
俳優としての大沢の素晴らしさは言わずもがな。芝居の面はもちろん、「周囲のみなさんをすごく気遣ってらっしゃったのは印象的でした」という。撮影は、玉木宏演じる海江田のライバル・深町が乗る海自の潜水艦「たつなみ」のシーンが先に撮られたため、深町と海江田の無線での会話シーンのためだけに、大沢は画面に映らないのに現場へ足を運んだ。海江田の姿を見ないままでは玉木がやりづらいだろうという配慮だ。「そういう主演の方の行動は、現場にすごくいい影響を与えます。大沢さんと玉木さんの美しい関係値は素晴らしいと思いました」と松橋は感心しきりだった。
海江田と深町の関係性は、原作から変更された部分がある。2人がかつて同じ艦に艦長、副長として乗艦し、潜水隊員の入江(中村倫也)の処遇をめぐって対立したエピソードだ。「脚本家の高井(光)先生と社内のライターズルームからのアイディアです。それによって、深町が海江田にこだわり続けるバックグラウンドが明確になり、2人の関係値を深めることができました。かわぐち先生も、絵でキャラクターを表現できる漫画とはまた違う、生身の人間の感情を描写する実写には必要な脚色だとおっしゃってくださいました」と説明した。(高井光の「高」ははしごだかが正式表記)
玉木は、漫画の深町よりも線が細く見えるが、「パブリックイメージではわりと細身ですけど、実は体はスーパーマッチョなんです」と昔から知っているという松橋は笑う。「それに、人を束ねていくパワーがあって、誰からも好かれる。深町ってそういうキャラクターですよね。制服を着て立っている姿は絶対カッコいいと思って、かなり早い段階からお願いしようと思っていました」とキャスティングの理由を語った。
メガホンをとった吉野耕平監督とは初タッグ。「劇伴をお願いしている池(頼広)さんが吉野監督の『ハケンアニメ!』も担当されていて、お勧めしてくれたんです。拝見したらとんでもなく面白かった。すぐに声をかけさせていただきました。CGと実写の構成力や、撮影のプランニングも完璧で、現場でも役者のみなさんからの質問に的確に答えてらして、信頼度はとても高かったです」と松橋。
キャラクター性別変更の理由
完成披露での一般からの評判については「思った以上の大反響でした。40~50代の男性が絶賛してくださるのは予測していましたが、女性からも面白かったというお声をたくさんいただきました」と驚く。時代的に原作では存在しなかった女性自衛官が多く登場していたのもその一助となったかもしれない。「たつなみ」の副長・速水も、原作では男性だが水川あさみが演じた。「いまの時代、女性がいないほうがリアリティーがないです、と自衛隊の監修も入ったんです。それに、実は原作の絵があまりに美形すぎて、私は30年前から速水を女性だと勘違いしてまして(笑)」とお茶目なエピソードを披露する。
今作を、令和のいま、世に送り出すのは「安全保障の問題は30年前から変わらず在り続けています。原作連載時の冷戦中とはまた違う形で、いま現在も核の国際秩序は大きな揺らぎを見せています。いまだからこそ、観客の心に響くテーマになりうるだろうと思いました」と熱く語る。ただ「我々がやるべきことは、面白い作品を提供すること。なので、今作に政治思想を入れないことは、早い段階で決めていました。安全保障や核の問題などタブーに切り込んだストーリーですが、タブーだからと避けていては何も言えなくなる。でもあくまでエンターテインメントとして面白いものを作ることが、我々のやりたかったことです。そして、それはちゃんと出来たのではないかと思っています」と自信を見せていた。(取材・文:早川あゆみ)
映画『沈黙の艦隊』は全国東宝系で公開中