「アンナチュラル」の一歩先へ『ラストマイル』が描く“使う者と使われる者”の関係
人気ドラマ「アンナチュラル」(2018)、「MIU404」(2020)の世界線と交差する(シェアード・ユニバース)完全オリジナル映画『ラストマイル』(全国公開中)を手掛けた塚原あゆ子監督が、エンターテインメント大作にして、現代社会に鮮烈なメッセージを投げかける本作について語った。
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物流×ダイ・ハード
クリックひとつで、あらゆる物が自宅に届けられるのが当たり前になった現代。もし、その荷物の中に爆弾が潜んでいたら……。そんな塚原監督のアイデアを、脚本家・野木亜紀子、プロデューサー・新井順子の“黄金トリオ”で映画化したのが『ラストマイル』だ。
ブラックフライデー前夜、大手ショッピングサイト「DAILY FAST(デリファス)」から発送された商品が爆発する事件が発生。どれだけの数の爆弾が存在し、どこに届けられようとしているのか。警察による必死の捜査が進む中、デリファスの関東センター長・舟渡エレナ(満島ひかり)とチームマネージャー・梨本孔(岡田将生)は、現代社会の“血管”ともいえる流通網を守るために奔走する。
以前から“物流”に惹かれていたという塚原監督は「2020年以降、コロナ禍を経て、ショッピングサイトでほしいものをポチるのが当たり前になり、物を配達してもらうことへのハードルが下がりました。私も水くらい車で買いに行っていたのに、届けてもらうことに抵抗がなくなってしまった。日々荷物を届けてくれる方々がいなかったら、どこも大パニックですよね。病院であれば人の命にも関わる。それでもわたしたちは、物流というものが、どこか自然に回っていると思っている。もしそれが、爆弾事件でストップした時に何が起こるのか……それはずっと気になっていました」と明かす。
「それと、私が野木さんに話していたのが“ダイ・ハード”がやりたいということ。どんな時間でもポチるとすぐ商品が届くようになった今なら、宛名を確認しないで荷物を開けてしまうこともないとは言えません。もしそれが爆発物だったら怖いよね……というお話をしてから、各所に取材をかけて物流について猛勉強してくださった。だからこの作品は、野木さんの猛勉強のおかげで成立した企画ですね」
ドラマから続く労働へのメッセージ
「ビールとポップコーンが合う映画」を目標に始まったという本作は、爆弾事件をめぐるスピーディーでスリリングなストーリーに、「アンナチュラル」「MIU404」メンバーも動員する、観客へのサービス精神あふれる娯楽作となった。しかしそこは、数々の話題作を生み出してきた塚原&野木コンビ。ヘヴィな題材をも巧みにエンタメへと昇華する手腕をふるい、商品の運搬を担う運送会社、委託ドライバー、商品を受け取る消費者まで、“物流”にかかわる全ての人々にフォーカスした濃厚な人間ドラマが描かれる。
“物流の2024年問題”が騒がれる以前に書かれたとは信じられない、先見性ある脚本には舌を巻くばかりだ。なかでも、休憩時間もなく、低い報酬で配送を強いられている委託ドライバーの佐野親子(火野正平・宇野祥平)の姿は、「アンナチュラル」の第4話「誰がために働く」で描かれたような、経営者に搾取され過重労働を強いられる労働者の姿を思い起こさせる。
「『アンナチュラル』で野木さんは、“使われる側と使う側の論理”を描かれていたと思いますが、『ラストマイル』はその先の世界を描いているんです」という塚原監督。「どうしてそうしたシステムが成立してしまっているのかといえば、誰か(消費者)が必要としているものだから回ってしまっているんですよね。そのうえで、私たちもその環に加わっているんだと自覚させるところまで行っているのが『ラストマイル』であり、そこは『アンナチュラル』から1歩前に行った印象があります。1時間のドラマでは行き着けなかった部分を、映画という2時間の尺で描ける、ベストな物語にしていただけた。やっぱり野木さんは天才です」と野木を絶賛する。
名セリフを振り返って
そんな問題提起と共に込められているのが、誇りと信念を持って仕事に臨む人々へのエールだ。塚原監督は「どうせやらなくてはいけない作業であれば楽しんだ方がいいし、毎日やっていることが絶望的なのはつらいじゃないですか。ミコトが『アンナチュラル』で言っていた『絶望してる暇あったら、うまいもん食べて寝るかな』みたいなことですよね」と語る。
「つらいことも楽しいことも、仲間がいてもいなくても毎日やるのが仕事。それがつらくて暗いだけのものにならないよう、野木さんなりにメッセージを発信しているのではないかと思います。『アンナチュラル』の中にミコトが六郎との会話の中で『労働は罰なんだって』とイタリアの言葉を引用するセリフがありました。“罰”という重い表現を用いながらもミコトはそのあと、『だから一分でも早く仕事を終わらせて、家に帰る』と軽い口調で続けます」
「つまり、罰だと思い切れないほど、やりがいのある仕事というのもあるんだと。行間を読む……じゃないですが、野木さんの脚本ってそういうことが書かれていることがあって、読み逃すと違う作品になってしまう。そこは本当に難しいんですが、そのメッセージが『ラストマイル』を観た誰かにも伝わって、希望になってくれればいいなとは思いますね」(編集部・入倉功一)