『室町無頼』長尾謙杜の超人技、誕生の裏側 厳しい京都撮影所のスタッフ全員が拍手
大泉洋演じる室町時代に実在した人物・蓮田兵衛(はすだ・ひょうえ)が、勝率ゼロに等しい逆境のなか、空前の一揆を巻き起こす姿を描いた時代劇映画『室町無頼』(公開中)。本作で、兵衛と出会い驚くべき変貌をみせる才蔵を演じたのが、長尾謙杜(なにわ男子)。劇中では「どうやって撮ったのか」と思わせるようなアクションシーンが数多く見られる。その舞台裏を、メガホンをとった入江悠監督が語った。
本作は、垣根涼介の同名小説を、映画『22年目の告白-私が殺人犯です-』『あんのこと』などの入江監督が実写化。大飢饉や疫病の連鎖など、混沌とした応仁の乱前夜の京を舞台に、日本史上初めて武士階級として一揆を起こした蓮田兵衛の元に集結したアウトロー=無頼たちの知られざる戦いを活写する。
可愛らしさと身体能力を兼ね備えたキャラクター
企画がスタートした際、主人公となる兵衛を大泉が、ライバルとなる骨皮道賢(ほねかわ・どうけん)役を堤真一が務めることが決まっていたという。そんななか、兵衛の弟子となる没落武士の子・才蔵役のキャスティングについて「原作でも、何もできなかったところから一人前の男になっていくという、一番成長していくキャラクター。序盤では弱々しくみすぼらしい感じで、言ってみれば子犬のような可愛らしさと、ものすごい身体能力の二つを兼ね備えていないといけないキャラクターだったので、キャスティングのときはかなり粘らせてもらったんです」と語る。
そんななか、長尾が抜擢された。天涯孤独の才蔵は兵衛に拾われ、柄本明演じる棒術の達人である唐崎の老人のもと、おぞましいほどの過酷な修行を課せられる。劇中、かなりアクロバティックなアクションがあるが、入江監督は「どれだけ伸びしろを見せられるかが役柄の肝になるので、撮影中、隙があれば課題を与えてハードルを越えていってもらうことを繰り返していました」と振り返る。
特に才蔵の修行のシーンについて入江監督は「あの撮影は本当に大変でした」と苦笑いを浮かべると「長尾くんの修行の場面は、めちゃくちゃ時間をかけて構築していきました。まずロケ場所を探して、そこでできる画を考える。六尺棒を使ってどんなことができるかをアクション監督や殺陣師さんと相談して作っていったんです」と説明する。
長尾のガッツに厳しいスタッフ全員が拍手
入江監督、アクション監督を務めた川澄朋章、殺陣指導の清家一斗が共にさまざまなアイデアを出し合い、絵コンテにしたものを映像に起こして長尾に見せたという。その際「彼は課題を与えるとすごく燃えるタイプのようで、目を輝かせていました。実際、グラグラ揺れる板の上で杭を打つようなシーンも、できないと悔しがって“絶対できるようになります”と何度でも繰り返すんです。湖のシーンでは、波が強くて水中に落ちてしまったこともありました。結構危なかったのですが、本人はまったくひるまない」と長尾の“できる”イメージに向かって妥協しない、ストイックな姿勢を強調する。
さらにクライマックスのアクションシーンでは、ワンカットの長回しでの撮影が敢行された。そこでも長尾演じる才蔵は、神業ともいえるアクロバティックなアクションを見せる。入江監督も「綿密に準備はしましたが、大勢の俳優さんとの絡みもありますし、屋根に上るなどワイヤーアクションもあった。タイミングを含めて、さすがにちょっと難しいかな」と当初は期待はしつつも、ほかの方法を考えていたという。
しかし長尾は、無謀と思えるような挑戦も見事に演じ切った。入江監督は「京都撮影所のスタッフさんも全員拍手していました。アクションの出来はもちろんなのですが、彼のガッツを見ていた京都のスタッフさんがみな感動していたんです。京都のスタッフさんってちょっと厳しいところがあるのですが、照明技師の方などもめちゃくちゃ拍手していました。実力でみなを感動させるってすごいことだと思います」と長尾のチャレンジに称賛を送っていた。
「とにかく弱音を吐かない」と長尾の特長を語った入江監督。そこにはちょうど22歳という年齢もうまくマッチしていたという。「プロフェッショナルであることはもちろんですが、若さゆえのがむしゃらさというか。ある程度年齢や経験を重ねると、自分の限界も分かるし、こちらがどれだけ無謀なハードルを課しているのか、見えてくるじゃないですか。でも彼はそういうことをまったく考えずに現場に来ていたと思うんです。目指せば目指すだけ上に行けるというか。そういうタイミングで長尾くんに会えたことはすごく良かったです」
俳優・長尾謙杜のドキュメンタリー
才蔵という役について「どれだけ成長しているか」が重要だとも話していた入江監督は、「映画のなかで、最初と最後の彼の顔が全然違うように映っていた」と自信を深めたといい、そこには監督なりの配慮もあった。「京都の助監督チームとも相談して、基本的に長尾くんのシーンは順番通りに撮ろうとスケジュールを組んだんです。だからこそ、しっかりと成長も刻めたと思うし、なにより京都のスタッフに揉まれながらやり切ったものが、最後の表情に出ていると思います。俳優・長尾謙杜のドキュメンタリーという側面も持つ作品になっていると思います」
「ずっと時代劇を撮りたかった」という入江監督にとっても東映京都撮影所での経験は大きかった。「やっぱり京都のスタッフさんは厳しいですよ」と笑うと「時代劇に関しては世界一ノウハウを持っている。監督としてしっかり勉強していなかったら一瞬で見抜かれます。今回は企画から長い年月がかかっていた。その間に僕自身も勉強する時間があったので、何とか一緒に戦っていただけました。僕にとっても制作費の規模や東映の時代劇という、初めて尽くしのなか、本当にいろいろな挑戦をさせていただいた時間でした」としみじみ語っていた。(取材・文:磯部正和)