五輪テロ事件を生中継『セプテンバー5』主演俳優が惹かれた報道クルーの葛藤

1972年、ミュンヘンオリンピックで起きたイスラエル選手団の人質事件を、報道したテレビクルーの視点から描いた映画『セプテンバー5』が2月14日より日本公開。ティム・フェールバウムが監督・脚本・製作を務めた緊迫感あふれるドラマは、第82回ゴールデン・グローブ賞の作品賞候補(ドラマ)にあがり、第97回アカデミー賞脚本賞にもノミネートされた注目作だ。主演を務めたジョン・マガロが、全米公開前にインタビューに応じ、役づくりや撮影の裏話を語った。
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1972年9月5日、オリンピック開催中の選手村を、パレスチナ武装集団「黒い九月」が襲撃し、イスラエル選手団を人質にとるテロ事件が発生。すぐ近くの放送センターで生中継をしていたアメリカ・ABC局のスポーツ班は、突然その事件を追いかけることになる。
映画で描かれるのは、その大半が放送センターのコントロールルームにいるスタッフたちのやりとりだが、スリリングな展開とキャストの迫真の演技、当時のニュース映像を巧みに編集して入れ込み、一気に見せ切る。『パスト ライブス/再会』などで知られるマガロは、ABCスポーツ班のトップ(ピーター・サースガード)と運営責任者(ベン・チャップリン)のもとで現場を仕切る若手プロデューサー、ジェフリー・メイソンを好演。ドイツ人通訳を演じるレオニー・ペネシュ(『ありふれた教室』)などそのほか共演者の演技も秀逸だ。
事件当時はまだ生まれていなかったマガロだが、(後にテレビなどで紹介された)バルコニーにいるテロリストのイメージは、かなり若い頃から自分の意識にあったと言う。興味深いことに、初めてエキストラとして撮影現場に行った映画は、同じ事件を扱ったスティーヴン・スピルバーグ監督の『ミュンヘン』だったそうだ。

彼が演じたメイソンは、ジャーナリストとして真実を伝えることを優先するか、スクープを取るか、その間で葛藤するキャラクターとして描かれており、そこに惹かれたとマガロは言う。
「メイソンは、キャリアで何かを達成したいと思っていて、彼にとって伝説の存在であるルーン・アーレッジ(サースガード)の要求に是非応えたいし、彼の師であるマーヴィン・ベイダー(チャップリン)に尽くしたいとも思っています。そのことに集中するあまり、時には間違った決断を下してしまいますが、(それでも)正しい視点を保とうとしているんです。とてもやりがいがある豊かな役柄で、僕が大好きな映画『大統領の陰謀』を彷彿させました」
役づくりの過程でメイソン本人とも会い、どんな経緯であの日ミュンヘンにいることになったのかを尋ねたと言う。「ニューヨークのABCとミュンヘンを何度も往復してゼロから放送センターを建設したことや、初の生中継放送にみんなが興奮していたこと、一旦事件が始まると、考えている時間は全くなかったことなどを教えてくれました。彼のとても温かい人柄やユーモアのセンスを、キャラクターに入れ込むこともできてよかったです」。
さらに、テレビプロデューサーとしての仕事ぶりに信ぴょう性を持たせるため、2か月間、CBSサンデー・フットボールのコントロールルームで働くプロデューサーにピッタリついてリサーチした。当時の放送ブースを再現したセットが素晴らしく、どの機材も実際に使えるもので、演じる時大きな助けになったそうだ。
「隣のスタッフと言葉を交わすのも、ヘッドセットを使うのも、ごく自然に出来るようになりました。大変だったのは、必要なトーンを見つけることでした。メロドラマっぽくなってしまったり、メッセージを強く出しすぎることもありましたが、ドキュメンタリースタイルで真実性を持って描くのがティムの狙いだったので、彼と話し合っていつも解決策を見つけることが出来ました」とマガロは言う。
ニュースがエンターテインメントとなり、誤った情報が蔓延して、真実を見つけるのがますます難しくなっている今、本作の観客に何を望むかマガロに尋ねてみた。
「現在を理解するためには、時には原点に戻る必要があります。ニュース放送が変わった時代を再訪するんです。現在は、ある意味で“フランケンシュタインの怪物”のようになってしまっています。何が正しくて、何が間違っているか、問いかけることさえしない。視聴率さえ取れればいいんです。この映画を観て、人々が疑問を持ち、話し合ってくれることを願っています。それが、ティムがこの映画を作った大きな目的だと思います」とマガロは締めくくった。(吉川優子/Yuko Yoshikawa)