目まぐるしく変化する女優3人のアンサンブル『女王陛下のお気に入り』
第91回アカデミー賞
作品賞、監督賞など9部門10ノミネートの最多ノミネーションで『ROMA/ローマ』(2018)と並んだ『女王陛下のお気に入り』は、よくある歴史映画とは一線を画す確信犯的な一作。主演(オリヴィア・コールマン)と助演2人(エマ・ストーン、レイチェル・ワイズ)がノミネートされた女優3人のアンサンブルが見どころだ。(文:冨永由紀)
便宜上ノミネーションは分かれたが、実質的にはこの3人とも主役。18世紀初頭、フランスと交戦中のイングランドの王室を舞台に、病弱な女王とその寵愛(ちょうあい)をめぐって従姉妹2人が繰り広げるパワーゲームの物語。『ロブスター』(2015)、『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(2017)など不条理な世界を描かせたら右に出る者なしのヨルゴス・ランティモスの手にかかったら、正統派のドラマになるわけはなく、目まぐるしく変化する女3人の攻防を淡々と、ブラックな笑いを差し込みながら描いていく。
女王アン(オリヴィア)の信頼を得ているばかりかフィクサーばりに操っている女官長のレディ・サラ(レイチェル)が君臨する宮廷に、彼女を頼って従妹のアビゲイル(エマ)がやってくる。没落貴族の娘だが、見かけによらず野心家のアビゲイルは権謀術策をめぐらせて、一介の召使いから侍女へ昇進。女王に取り入り、サラを脅かすようになる。
美しき従姉妹2人の闘志むき出しの腹黒対決の数々は想像を絶するすさまじさだが、「醜く太った」女王役のオリヴィアは滑稽と悲劇を同時に介在させる演技で、権力者の複雑な精神を体現する。オリヴィアはランティモスにとって、女王アン役に唯一無二のチョイスだった。
3人の誰かに肩入れするのでもなく、突き放した視点を貫く本作は史実を基にしているが、女性たちの関係などは大胆な想像の産物。時代考証も意図的に無視する。撮影は実在の城で自然光やロウソクの火を使って行われたが、シルエットだけは忠実に再現しつつ革やデニムなど現代の素材を使ったサンディ・パウエルの衣裳(宮廷内の色は黒と白で統一)に身を包んだ女たちは、18世紀貴婦人にはあり得ないFワードも口にする。アナクロニズムを逆手に取ったように、300年前と21世紀の今がつながるのだ。
いつものランティモス作品に比べて不条理性や暴力描写も抑えめながら、広角レンズや魚眼レンズで撮った空間の歪み、床に這いつくばって見上げているようなアングルの映像が不穏な気配をあおる。撮影は『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016)などケン・ローチ監督作品を数多く手がけるロビー・ライアン。男たちが着飾り、おしろいで化粧した世界で、心身共に武装した女たちの勇ましくも情け容赦ないバトルが導き出す意外な結末が秀逸だ。
『女王陛下のお気に入り』予告編