略歴: 編集者を経てライターに。映画、ドラマ、アニメなどについて各メディアに寄稿。「文春野球」中日ドラゴンズ監督を務める。
近況: YouTube「ダブルダイナマイトのおしゃべり映画館2022」をほぼ週1回のペースで更新中です。
サイト: https://www.youtube.com/channel/UCmdesdmNuJ2UPpAQnzkh29Q/featured
宮沢賢治の最大の理解者が妹・トシだったとすれば、最大の応援団は父・政次郎ということなのだろう。自分探しで迷走してトンチキなことばかりしている賢治をいつも気にかけ、時にはぶつかりながら、何があっても子どもを一生かけて応援するのが父親の役割。息子を溺愛する一方、堅実な実業家として成功し、人格者として地元・花巻で慕われた政次郎を役所広司が人情味たっぷりに演じる。クライマックスはベタだけど泣けたよ。「永訣の朝」など宮沢賢治の名場面もてんこもりなので、ファミリーで観ても楽しめるはず。賢治役の菅田将暉はもちろん好演だが、森七菜演じたトシはちょっとカリスマ性さえ感じさせた。
人生にはいろいろな分岐点がある。ああすれば良かったと思うこともあれば、偶然の出来事が人生を左右することも。この作品はピアニスト志望だった女性のさまざまに分岐した4つの人生をパラレルワールドとして描く。理想に見える人生もあれば、後悔に満ちた人生もある。だけど、人間万事塞翁が馬、禍福は糾える縄の如し。何かを得れば、何かを失うのだ。だけど、どんな人生だって、人との縁や、一瞬の行動や、胸震わせるエモーションを大切にすれば、そんなに悪い結末にはならないことをこの作品は教えてくれる。17歳から老境まで演じた主演のルー・ドゥ・ラージュと、オリヴィエ・トレネ監督の鮮やかな手つきに感嘆。音楽も素晴らしい。
全世界で5億本以上を売り上げたソ連生まれのゲーム「テトリス」の権利をめぐる攻防戦を描く。多少の脚色はあるとはいえ、事実をもとにしたストーリーとはにわかに信じがたいほど波乱万丈でスリリングだ。任天堂・山内溥社長の登場に度肝を抜かれ(そっくり!)、「ファイナルカウントダウン」の使い方にグッと来て、クライマックスのスケール感にまた驚く。そして魑魅魍魎が跋扈する崩壊寸前のソ連で、ゲームを通じた友情が育まれていくことにあらためて感動。主人公のLEVELがアップするたびに登場するドット絵も気が効いている。レトロゲームファンのみならず、すべてのゲーム好きは必見。「ゲームの歴史」に書き加えたい傑作だ。
ナイキはいかにマイケル・ジョーダンを永遠のスポーツアイコンにしていったのか。エアジョーダン誕生秘話を描く、実話をもとにしたビジネスストーリー。アッパーで派手な場面が続くわけではなく、顔芸しながら激論するわけでもなければ、誰かの陰謀を阻止する話でもない。ひたすら中年男たちによる交渉が描かれるだけでなのに、グイグイ持っていかれる。中堅企業によるジャイアントキリングも爽快だけれど、肝にあるのが主人公の誠意と人間観とまったく新しいビジネスモデルというのがいい。マット・デイモンとベン・アフレックはいい年の取り方をしている。もちろん80年代カルチャー好きな人にもおすすめ。
「育児より殺人のほうが単純」。こう言ってのける凄腕の殺し屋、キル・ボクスンは思春期の娘を持つシングルマザー。子どもに仕事を秘密にしつつ、血で血を洗う抗争に身を投じる。母と娘の話が本筋だが、殺人を「作品」と呼ぶ殺人シンジケートの設定が面白い。アクションも一つ一つが粒立っていて、組み立てと見せ方の工夫が抜群。ライトな雰囲気に逃げず、ノワールを貫くのも韓国アクションらしい。名優チョン・ドヨンとソル・ギョングが良いのはもちろんのこと、『D.P. -脱走兵追跡官-』のク・ギョファンがここでも好演。注文をつけるとしたら、セリフの多い日本人役にはネイティブの日本人俳優を使ってほしいことぐらいか。