略歴: 映画評論家/クリエイティブディレクター●ニッポン放送「八木亜希子LOVE&MELODY」出演●映画.com、シネマトゥデイ、FLIX●「PREMIERE」「STARLOG」等で執筆・執筆、「Dramatic!」編集長、海外TVシリーズ「GALACTICA/ギャラクティカ」DVD企画制作●著書: 「いつかギラギラする日 角川春樹の映画革命」「新潮新書 スター・ウォーズ学」●映像制作: WOWOW「ノンフィクションW 撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画・構成・取材で国際エミー賞(芸術番組部門)、ギャラクシー賞(奨励賞)、民放連最優秀賞(テレビ教養番組部門)受賞
近況: ●「シン・ウルトラマン」劇場パンフ執筆●ほぼ日の學校「ほぼ初めての人のためのウルトラマン学」講師●「るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning」劇場パンフ取材執筆●特別版プログラム「るろうに剣心 X EDITION」取材執筆●「ULTRAMAN ARCHIVES」クリエイティブディレクター●「TSUBURAYA IMAGINATION」編集執筆
殺伐とした現実を前に鈍麻したような二階堂ふみと不安や焦燥をはねのけるかのような吉沢亮が、まさに90年代前半の匂いを放つ。空漠とした風景と彷徨する若者を、窮屈なスタンダード画面に押し込めるキャメラが不穏な空気を醸成し、「1995年」前夜に引き戻される感覚に囚われた。しかし若手俳優陣が自ら演じるキャラクターについて語るインタビューが挿入され、今の本質を暴く時の流れは断ち切られる。その実験性は、現実逃避系が主流のトレンドに抗う行定勲が、あの頃を描く必然性に戸惑った結果のようでもある。作劇のみを通し、“川の流れ”が留まったままの現状を十分に表現し得ているので、異化効果は夾雑物に思えてしまうのだ。
ストップモーションアニメは、孤独や切なさを伝える上で最良の表現手法であることを、改めて思い知る珠玉の名編。微細な表情で人形に生命を吹き込み、繊細な心の動きを伝える。心に傷を抱えた子供たちが孤児院にいる。そこは悲しみの吹き溜まりではなく、孤独が癒され、生の歓びを知り、甦る場だ。色とりどりのキャラクターの見開いた眼に、生命力が漲る。同時代の観客にはこう伝えたい。この映画の優しさは、どこか坂元裕二脚本に通底する。『anone』の少女ハリカから目が離せない人は、今すぐズッキーニに会いに行ってほしい。かつてティム・バートンの人形アニメは自ら「闇」を愛したが、クロード・バラスは希望を抱き「光」へ向かう。
本作の演出やフィルム撮影の質感は、もっと評価されなければいけない。シリア難民の青年がハンガリー国境警備隊の銃弾に倒れるが、直後に浮遊能力を身に付ける。彼を利用し金儲けを企む医師との逃走劇がメインだが、その存在の神秘性をめぐり、苦悩するヨーロッパの混沌が詩的に活写される。浮遊の奇跡は、クレーンや特殊なカメラリグ、ワイヤーを駆使して俳優の身体やカメラそのものを吊り上げ、ワンカットで撮影。『恋愛準決勝戦』由来のセットとカメラが大回転するアナログ特撮も効果的だ。移動撮影やカーチェイスの迫真性も素晴らしい。人間が浮く感覚を抒情的に体感させ、失われたはずの難民の魂が問いかける社会派SFの傑作である。
リメイクを標榜するが、『君よ憤怒の河を渉れ』はほぼ原案扱い。開巻、高倉健オマージュな居酒屋シーンも突如として“ガン・オペラ”に変貌し、福山雅治とチャン・ハンユーが徐々に接近するホモソーシャルな関係性を基軸とした、鳩も舞う『逃亡者』の趣。撮影監督=石坂拓郎、美術監督=種田陽平という布陣からも分かるように、香港映画の影響下にあった『るろうに剣心』『キル・ビル』成分も逆輸入。いつか観たジョン・ウー印満載の活劇だが、80~90年代をリードし引用されまくった様式美は懐メロと化し、自らを奮い立たせる元祖ウー演出は、セルフパロディに陥っていく。編集と音楽を変えれば印象が変わる可能性は大いにある。
中国経済を支える出稼ぎ労働者の現在を見つめるこのドキュメンタリー・カメラの眼差しは、温かく優しい。生きるために働くというよりも、疲弊しながらひたすら稼ぐ姿。急速に発展を遂げる社会の犠牲者としてではなく、時代状況の荒波をしっかりと受け止め、それぞれに問題を抱えつつ、臆さず自らの言葉で語りまくる、人としての強靭さや気高さが脳裏に焼き付く。生々しい生き様を克明に捉えられたのは、ひとえに名匠ワン・ビンとスタッフが、彼らの日常に溶け込んで透明化しているからに他ならない。市井の人々が吐露する言葉の数々は、どんな脚本家の名言よりも強く、今を照射する。本作に脚本賞を与えたヴェネチアの見識もまた素晴らしい。