略歴: 雑誌編集者からフリーに転身。インタビューや映画評を中心にファッション&ゴシップまで幅広く執筆。
近況: 最近、役者名を誤表記する失敗が続き、猛省しています。配給会社様や読者様からの指摘を受けるまで気づかない不始末ぶりで、本当に申し訳ありません。
人生や幸福に対する温度差がある夫婦の熟年離婚と、両親のいざこざに巻き込まれた息子の困惑に共感しきりの人間ドラマだ。夫婦円満と思い込んでいたのに離婚を要求されて困惑し、怒り狂い、絶望し、徐々に自分を取り戻すややエキセントリックな妻グレイスの複雑な心模様をA・ベニングが巧みに演じていて、穏やかな夫を演じるB・ナイの受けの演技とのバランスが抜群。夫婦間に生まれた溝が徐々に拡大した感じがリアルだ。ナイは相変わらず、愛すべき飄々ぶりだ。夫妻が住むのは、白亜の絶壁に近い家。美しいけれど危険な感じも漂う絶壁が突然崩壊する結婚を示唆しているようで、風光明媚な景色なのにどことなく寂しい。
幼少期に数年過ごした天草を舞台にした物語なので、見る前から惹きつけられた。見慣れた風景は失われていたものの、画面から感じられる町の雰囲気は、どこか懐かしい。ブルージーなハーモニカやラジオ放送などの音使いが巧みで印象に残る。町おこしの意図もあるだろうが、自分の居場所を探す人と既に見つけた人の、心を豊かにする一期一会が心に沁みた。熊本県人が使う「のさらん」の意味がようやくわかったかもしれない。そして、最近注目している藤原季節がいい演技を見せる。天草の人々の素朴な温かさに触れ、心の奥に溜まった澱を溶かしていく詐欺師青年の微妙な変化をしっかりと表現していて、今後への期待も高まった。
同じ名前の息子を持つシングルマザーと共働きの母親、専業主婦それぞれの人生模様が描かれる。よく耳にするワンオペ育児だけでなく、イジメや介護問題、突然のリストラに心の弱みに漬け込む新興宗教勧誘などなど母親が遭遇する障害が多く、生きにくい時代であると実感。しかも子ども側の事情や心情も複雑で、10歳にして悩みだらけ。社会が多様化し、生き方の選択が増えた結果なのかも? 完璧な幸せなどないと心に刻むべし。女優陣が素晴らしく、壁にぶち当たるたびに込み上げる思いが見る側にダイレクトに伝わってくる熱演だ。余談になるが、離婚家庭でもない家庭ですら育児に関して父親の影が薄いのが気になった。これも問題ですな。
母親を亡くした少年コーリャと訳あって空港に置き去りにされたシェパードの友情を描いた忠犬ハチ公のソ連版であり、全体的には微笑ましい。孤独な魂で共鳴した坊やと犬の友情によって周囲の人々が優しい気持ちになり、コーリャとその母を捨てた野心家のパイロットが父子の絆を培う流れもわかりやすい。しかし、感動的な本筋よりも「おおっ」と思ったのがソ連の政治に翻弄される庶民の悲哀。思いやりとか人情など関係なく、上意下達が絶対の官僚主義国家って怖すぎる。ま、だからこそ少年と忠犬のうつしき友情がより一層際立つけどね。
70歳に手が届くD・バーンが役者とともに2時間近く、歌い踊るコンサート的な舞台だが、芸術的でとても見応えがある。冒頭、赤ん坊の脳に見られる“他人とコネクトする回路”が年と共に減少するとのセリフが入り、トーキングヘッズ時代の名曲や舞台のためにバーンが書き下ろした曲が次々に演奏され、その歌詞の意味深でシニカルなこと! 70~80年代から今の世界情勢を予期していたのかと驚く。S・リー監督のカメラワークや舞台演出が素敵なのでついつい舞台やパフォーマーに目が行くけれど、歌詞の意味を知るためにも字幕がとっても重要。2~3度見返したい作品だ。