略歴: 東京の出版社にて、月刊女性誌の映画担当編集者を務めた後、渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスターのインタビュー、撮影現場レポート、ハリウッド業界コラムなどを、日本の雑誌、新聞、ウェブサイトに寄稿する映画ジャーナリスト。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。
「ジュマンジ」や、数多いタイムスリップものを思わせる設定で、展開も想定内ながら、なかなか楽しめる。2024年から過去に旅して女性への扱いにショックを受ける状況は最近も「ふてほど」で見たばかりだが、こちらは18世紀なので、当然もっとひどい。しかし、そういったカルチャーショックや、ゲームの中から元の世界に戻るために人狼を探すという部分よりも中心となるのは、モダンな家族の関係。彼らを演じる役者たちの相性は良く、ユーモアもたっぷりあるが、この大冒険を通じて変化があるのは父(フランク・デュボスク)と祖父(ジャン・レノ)の関係だけというのは少し物足りないかも。ラストに用意された意外な笑いはナイス。
弊害ばかりが指摘される若者のゲーム依存について、このドキュメンタリーは新たな視点を提供。治療法のない進行性の難病を持つマッツは、普通の子と同じような青春時代を送ることができない。だが、オンラインゲームの世界で、マッツは“イブリン”というアバターになって国境を越えた友人を作り、恋をして、本当の顔を知らない仲間たちを手助けしてもあげていた。イブリンもまた、本当のマッツ。息子のそんなダブルライフを両親が知るのは、マッツが死んでから。マッツの家族やゲーム仲間たちの話には、思わず涙。彼が“住んだ”ゲームの世界を再現するアニメーションも効果的。人とのつながりについて考えさせる感動作。
主演だけのつもりが監督もすることになったアナ・ケンドリックは、実在の連続殺人犯についての話を、ありきたりのトゥルークライム物にも、センセーショナルを押し出すものにもしなかった。駆け出し女優シェリルが出演するゲーム番組という軽い状況と、犯人がほかの女性たちを狙う恐怖に満ちた状況を行ったり来たりしながら、女性にとって男性がいかに恐ろしいのか、また女性蔑視がいかに社会のあちこちに存在するのかを指摘していくのだ。そして肝心なところではしっかり緊迫感を出す。主演女優としてもいつもながらの魅力を発揮。妙な背伸びをすることなく、明確な視点を持つ映画を作った彼女の監督としてのこれからに大きく期待。
典型的なスポ根ものとはほど遠い、心理面に焦点を当てるダークな作品。学生時代、ボート部に所属したローレン・ハダウェイ監督自身の経験に緩くもとづいているとあり、主人公アレックスのキャラクターにしろ、女性のチームメイトたちやコーチとの関係にしろ、リアリティに満ちている。成功に執着するがあまり自分で自分を苦しめ続けるアレックスを見るのは、はらはらするし、胸が痛む。今作で監督デビューしたハダウェイが音響エディターを務めた「セッション」にもやや通じるところが。この役のために特訓を受け、スタントをすべてこなしたというイザベル・ファーマンは、微妙な感情の表現でもすばらしいことをやってみせた。
トッド・フィリップス監督の意欲と野心は伝わってくるし、ホアキン・フェニックスも前作同様、全力投球。フェニックスとレディ・ガガの組み合わせは面白く、ビジュアルも良い。しかし、前作は話が進む中でアーサーについてどんどんわかっていったのに対し、今回は何も新しいことが出てこない。話そのものが薄く、音楽によってたびたび中断されるため(ミュージカルは歌が話を先に進めるものなのだが、これはそうではない。もちろんフィリップスに正統派のミュージカルにするつもりはなかったのは理解している)引き伸ばされている感じ。ラストはショッキングながら、観る人によって解釈が分かれた前作のすばらしいラストにはかなわない。