略歴: 東京の出版社にて、月刊女性誌の映画担当編集者を務めた後、渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスターのインタビュー、撮影現場レポート、ハリウッド業界コラムなどを、日本の雑誌、新聞、ウェブサイトに寄稿する映画ジャーナリスト。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。
マーティン・ルーサー・キング・Jr.があの有名な「私には夢がある」のスピーチをしたのは、1963年のワシントンDC でのデモ。この映画は、過去最大規模のあの行進を実現させるべく奮闘した人物について語る。同じ理想を持つ黒人同士なのに、内輪での政治で彼が苦労する事情は、実に興味深い。当時、ゲイであることをオープンにするのは、今よりさらに勇気がいるし、トラブルを招くことでもあった。そんな複雑で奥深いラスティンをヒューマニティたっぷりに演じるコールマン・ドミンゴを見るためだけでも、この映画をチェックする価値あり。彼は断然ノミネートされるべき!クリス・ロックが普段のイメージと違う役で登場するのも面白い。
アメリカでは毎年、この時期になるとクリスマスがテーマの作品が必ず作られる。そんな中、これは「サイテーで最低のクリスマス映画」とまでは言わないものの、昔のテレビのスペシャルドラマのようで、実にたわいない。他人を羨むのではなくすでに持っているものに感謝しろとか、他人に見えないところで苦しんでいるかもしれないとか、クリスマスのマジック、サンタの存在など、語られるのは定番のメッセージ。もちろんそれは悪くないが、薄っぺらすぎて心に響かないのだ。それに楽しさもない。こましゃくれた子供のキャラクターも、ファニーというより鼻につく。同級生の間で成功したのが黒人女性というところは、まあ2023年らしい。
長年住んだL.A.の豪邸を売ってフロリダに引っ越すシーン、生まれ育ったニューヨークのヘルズ・キッチンを訪ねるシーンで綴るオープニングは、これまで見られなかったスタローンの側面を見られるかと期待させる。だが、子供時代、駆け出しの頃など興味深い要素は散りばめられているものの、どこも深掘りされない。父との複雑な関係もあっさりきれいにまとめられてしまうし、シュワルツェネッガーが出てきてかつてのライバル意識について話しても、なぜ友達になったかの下りは語られず。3度の結婚についても触れない。本人が製作総指揮を務めるので言いたくないことはスルーなのだろうが、肩透かしと物足りなさを感じさせられた。
さすがはデビッド・フィンチャー。殺し屋、復讐劇という、ありきたりになりがちなテーマを独自の、優れた形で見せる。何も起こらない中、主人公の殺し屋がナレーションで仕事への姿勢と主義を自分に語る抑制がきいたオープニングシーンで、まず引き込む。そこへ突然、思いもしない出来事が起きてからは、次々にドラマチックなことが展開していくのだ。後半の激しいファイトシーンは、非常にリアルで生々しく、映画っぽさがない。エンディングも意外。ほとんどしゃべらず、ミステリアスでストイックなオーラをたたえるファスベンダーの存在感もすごい。トレント・レズナーとアッティカス・ロスの音楽も、緊張感を高める。
FBI捜査官の尋問音声記録をそのまませりふにしたこの映画は、最初から最後までリアル。「捜査状は取ってある」「捜査状を見たい?」と何度も言うのも、実際の会話がそうだったのだ。突然やって来たふたり組みの捜査官は決して威嚇的ではないが、彼らとカジュアルな会話をしている間にも別の捜査員が複数やってきて家宅捜査を始める。ここで起きていることから逃れられないのだと気づいていく彼女の心理を表情で見せていくシドニー・スウィーニーの演技は見事としか言いようがない。時々挟み込まれる実際の音声、本人のインスタグラムや電話の声も効果的。大きな問いかけをするこのスリラーは、見終わった後、いつまでも考えさせる。