略歴: 東京の出版社にて、月刊女性誌の映画担当編集者を務めた後、渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスターのインタビュー、撮影現場レポート、ハリウッド業界コラムなどを、日本の雑誌、新聞、ウェブサイトに寄稿する映画ジャーナリスト。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。
いわば、2016年のトルコ映画「猫が教えてくれたこと」のアメリカ版。どちらの映画でも人間と猫の心のつながりが描かれるが、この映画は人間を男性に絞る。しかも、あえて消防員、トラック運転手、スタントマンなどマッチョな職業に就く男性を出してくることで、「ストレートの男性が猫好きというのは奇妙」という偏見に斬り込むのがユニーク。明らかに猫好きの視点で撮影されている猫たちの映像はどれもかわいらしく、魅力的。その猫たちを愛する人々を見るのも心が温まる。猫を通じて人と人がつながるのも美しい。それだけで十分観客は何かを得られるので、最後に出てくるメッセージ的な語りは不要だったかも。
邦題はご覧の通りで、英語題も「Chess Story」。チェスについての話かと思わせるが、実は精神力の話。映画は、ニューヨーク行きの船を舞台に、過去のフラッシュバックを行き来しながら展開する。船に乗ったばかりの頃と、“過去”の初めの頃が交錯するあたりはそうでもないが、やがてどちらの状況も次第に恐怖と狂気を増していき、境目があやふやになっていく。観客は多少混乱もさせられるも、それは主人公自身も感じていること。そして最後には予測しなかった結末が待っている。その結末が、メッセージをよりパワフルにするのだ。すべてのシーンに登場し、表情で主人公の苦悩、葛藤、トラウマを表現するオリヴァー・マスッチは見事。
観客を楽しませるためならどこまででもやるトム・クルーズのこだわりと情熱、誇りが伝わってくる。予告編にも出てくる、バイクで崖から飛び降りるシーンはその典型で、そこまでやるかとひたすら感心。見応えあるアクションシーンはほかにもたっぷり。とりわけクライマックスの電車でのアクションは、終始息を呑むスリルと迫力。ハリウッド映画史に残る名シーンと言っても決して褒めすぎではない。カーチェイスもユーモアがあり、これまで見たものと違う。ストーリーには予想しなかった感情的な部分も。コロナで予定より公開が遅れたが、そのせいでよりタイムリーに感じられる要素もある。この夏必見の極上エンタテインメント。
アリス・ディオップ監督はドキュメンタリーの出身。初のフィクションであるこの映画も、実際に起きている裁判を記録しているかのように、冷静かつ淡々と展開する。著書のリサーチ目的で傍聴するラマは、この映画の元ネタである現実の裁判を見たディップ監督のアルターエゴ。一方、観客は、陪審員の目線で証言を聞き、情報を繋ぎ合わせていく。無罪を訴えつつも、わが子を置き去りにした時のことを表情も変えずに話す被告の心には、何が起きていたのか。映画はあえてその答を提供せず、観客に委ねる。そんな中では、母、移民、アイデンティティといったテーマが織り込まれていく。抑制のきいた、静かで複雑なドラマ。
婚約者の親に会ったら怖い人で、という設定の映画には大ヒット作「ミート・ザ・ペアレンツ」や、最近も「ユー・ピープル~僕らはこんなに違うけど~」がある。またやるならすごく新しいか、思いきり笑えるものであるべきだが、これはどっちつかず。銀行強盗犯はもしかしたら婚約者の両親か、と疑うところまではまだ良いものの、その後は欲張りすぎて空回り。とくに後半の派手なカーアクションは必要なのか。笑えるセリフもちらほらあるが、「007」ジョークは予想の範囲内。主演のアダム・ディヴァイン以外のキャストは「ゲット・アウト」で演じた役の繰り返しのようなリルレル・ハウリーをはじめ、もったいない使われ方をしている。