略歴: 東京の出版社にて、月刊女性誌の映画担当編集者を務めた後、渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスターのインタビュー、撮影現場レポート、ハリウッド業界コラムなどを、日本の雑誌、新聞、ウェブサイトに寄稿する映画ジャーナリスト。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。
ショーン・ベイカーはいつも、社会から見過ごされている人たちを優しい目線から生き生きと描いてきた。そんな中でこれは個人的に彼の最高傑作。最近作2本の主人公は売春婦だったが、今回はポルノ男優。「チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密」(日本劇場未公開)のリサーチでポルノ男優と会った時にインスピレーションを得ていたとのことで、ひとまわりしたと言うべきか。今回もまた素人を脇にうまく起用し、リアルさを高めている。素人ではないものの、主演俳優としては未知数のレックスを抜擢した(それも撮影開始の3日前に!)直感と勇気にも拍手。絶望的な状況なのに妙な明るさと希望のあるラストも彼らしく、心に残る。
「ザ・メニュー」「逆転のトライアングル」同様、格差についての話だが、ダークコメディのこれら2作と違い、一般女性の視点からまっすぐに語る。「貧乏人は飢えを満たすために食べる。食べ物以上のものを買える時、飢えはそこで終わらない」と、セレブに愛される有名シェフはいう。しかし(『ザ・メニュー』でも触れられたように)、彼を雇えるリッチな人たちは、本当に料理を味わっているのか?ただ「それができる自分」を楽しんでいるのではないか?実は、その有名シェフ自身も持たざる階級の出身だ。その野望と複雑な心理を、主人公の女性と並行して描いていく。愛のある料理とない料理の見せ方もうまい。
いかにもクリス・コロンバス製作らしい家族向け映画。だが、かなりお決まりのパターン。メキシコが舞台という部分が新しいのに、そこも英語圏の観客に合わせてテイストを弱めている。アレックスのいとこ姉弟の弟はまるで英語が話せないのに、姉はペラペラというのも、あまりに都合が良い(言い訳はあるのだが、弱い)。信憑性がないのはストーリーも同様。たとえば「E.T.」とは違い、アレックスとチュパがあまり一緒に時間を過ごさないのにあそこまでの絆ができるというのは奇妙。クライマックスの危険なシーンも、あれはないだろうと思うところが。メキシコの伝説の動物を出してくるのに、その神話にほとんど触れないのも残念。
テンポが良く、エネルギーとユーモアに溢れる娯楽作。資本主義における企業の競争の話だが、客観的に見て勝ち目のない者が大物を打ち負かすという意味では、スポーツドラマ的でもある。そのアンダードッグを好感度たっぷりのマット・デイモンが演じるので、つい応援してしまう。畳みかけるようなセリフのやりとりでぐいぐいとストーリーを引っ張ったかと思ったら、クライマックスのデイモンによるシリアスで誠意ある長いセリフでどんとインパクトを与えるのもうまい。もっとも、ナイキのCMみたいという皮肉な見方もできなくはないが。私生活で夫婦のヴィオラ・デイヴィスとジュリアス・テノンが夫婦を演じるのもナイス。
原作の戯曲を書いたサミュエル・D・ハンターは、同性愛を否定するキリスト教の高校に通い、後に鬱、過食症になった。そんな個人的体験から生まれたこの物語には、真実が詰まっている。世間が自分をどう見るかを知っているから、オンライン授業でカメラをオフにするチャーリー。ドア越しにしか話したことがなかったチャーリーの姿をついに見た時のピザ配達人の反応。だが、彼がここへ追い詰められたのには事情があるのだ。偏見、思想の押し付けを否定し、思いやりを訴えるのが今作。クライマックスの感情的なシーンには涙した。映画の脚本を書いたことがなかったハンターに脚色を任せたアロノフスキーに拍手。演技は全員最高。