略歴: 東京の出版社にて、月刊女性誌の映画担当編集者を務めた後、渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスターのインタビュー、撮影現場レポート、ハリウッド業界コラムなどを、日本の雑誌、新聞、ウェブサイトに寄稿する映画ジャーナリスト。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。
ビジネス界のスーパースターは、なぜ窮屈な楽器の箱に入り、日本から逃亡することになったのか。カルロス・ゴーンの人生はまさに数奇で、見直してみるのはそれだけで面白い。とくに新しい知識を得られるというわけではないにしろ、お手伝いさんをはじめ身近な人のコメントはなかなか興味深い。ただ、本人が協力しなかったこともあり、彼の動機や、真実はどうだったのかという部分には突っ込まれていない。また、冒頭から時々、俳優を名乗る女性が出てきて観客に語りかけるのだが、彼女が何者で、なぜ必要だったのかは謎。いずれにせよ、ゴーンについてはおそらく将来、もっと深いドキュメンタリーが製作されることだろう。
同じ日に同じ病院で出産したふたりの女性が主人公という設定は、メロドラマとして魅力的。対照的なこのふたりのキャラクターは、女性を描くのが上手いアルモドバルらしく、とてもしっかりと築かれている。おかげで波乱万丈のストーリーにどっぷりと思い入れをしたのに、最後は気になることが説明されないまま、物足りなく終わってしまった。今作に政治的メッセージも入れたいという野心をアルモドバルが持っているのは最初のほうから明らかだったが、そちらを優先するがあまりにもう一方が犠牲にされた感じ。しかし、ペネロペ・クルスはアルモドバル作品に出ている時に最も光るという事実はこれでまた確認された。
事故で記憶を失った主人公という設定に始まり、すべてが超ベタ。昔懐かしのテレビのサスペンスドラマという感じで、衝撃的な出来事や秘密がてんこ盛り。良い人と思っていた人がそうでなかったり、逆もまたあったり。ネタバレになるので書けないが、「いや、それも今さらやるの?」と思うことも。感動(するかしないかは別として)のラストまでずっとそれで引っ張り、トーンにブレはない。ただ、捻りに捻った筋書きで観客を驚かせることを重視する一方で、奥のあるリアルなキャラクターが構築されておらず、思い入れをしづらい。そんな中でも役者たちが精一杯にやっているのは伝わってくる。
オル・パーカー監督は最初からクルーニーとロバーツをイメージしつつ脚本を書いたとのこと。私生活でも仲の良いビッグスターらの掛け合いは、パーカーが期待した通り抜群に楽しい。コメディのタイミングはすばらしく、とりわけ映画の前半は思いきり笑わせてくれる。最初は嫌い合っていたふたりが、という設定はロマコメの定番だし(もっともこのふたりの場合は一度結婚したので最初は好き合っていたのだが)、娘が間違った相手を選んでいないのは観客には明白で、ストーリーに意外さはない。しかし、そもそもこのジャンルは結末までの過程をどう楽しませてくれるのかがポイント。その意味で今作はミッションを達成している。
オスカー受賞者チャステインとレッドメインの演技はさすが。とりわけレッドメインは、実は恐ろしいことをやっているのに表面はいかにもナイスガイというこの役にぴったりで、それがじわじわと迫る怖さを感じさせる。一方で、映画自体はやや中途半端。それが事実だとはいえ、彼の動機がわからず、物足りないのは理由のひとつ。また、良くも悪くもアプローチが冷静。たとえば、我が身を守るために患者の命を危険にさらした病院の腐敗がしっかり見せられるにもかかわらず、観る者に強い怒りを覚えさせることをしない。とは言っても、演技を見るためだけでも今作をチェックする価値はあるし、このふたりの共演は今後も見たい。