猿渡 由紀

猿渡 由紀

略歴: 東京の出版社にて、月刊女性誌の映画担当編集者を務めた後、渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスターのインタビュー、撮影現場レポート、ハリウッド業界コラムなどを、日本の雑誌、新聞、ウェブサイトに寄稿する映画ジャーナリスト。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。

猿渡 由紀 さんの映画短評

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  • トランスフュージョン
    よくある設定から想像するのとは良い意味で違っている
    ★★★★★

    退役軍人がそのスキルを使って悪いことに手を染めるという設定はよくあるものの、これはありがちな犯罪アクション映画というより、人間ドラマ。アクションも出てくるしそれらのシーンは緊迫感があるが、過去の決断への罪悪感、昔は仲が良かったのに今や疎遠になってしまった息子との関係やPTSDに悩む主人公をメランコリックに描く部分こそ、この映画の強み。時々時間を逆戻りさせる語り方は、何が彼を苦しめるのかを見せる上で効果的。そんな心の内を、サム・ワーシントンが、静かに、ニュアンスを持って表現する。今作で監督デビューを果たす元ラグビー選手で俳優のマット・ネイブルも、主人公の元戦友役として良い味を出している。

  • アイデア・オブ・ユー ~大人の愛が叶うまで~
    中年女性たちを妄想に浸らせてくれる
    ★★★★★

    ごく普通の私なのにスーパースターに見初められちゃった、というのは多くの人が持つ夢。25年前には「ノッティングヒルの恋人」がヒットした。だがこの映画は一段とハードルを上げる。なにせ女性が16歳も上なのだ。一般人同士であってもあまり例がないのに、超ホットなミュージシャンの男性からグイグイ押され、プライベートジェットで世界を旅するなんて、中年女性にとっては最高の妄想物語ではないか。そこに浸るのは良いが、この映画の中年女性は美しきアン・ハサウェイであることを忘れないように。ただ、男女が逆なら、この年齢差はこの映画の主人公ほどには責められないはず。社会にあるそんな女性差別に触れているのは良い。

  • 恋するプリテンダー
    このヒットが劇場用ロマコメの復活を助ければ良いが
    ★★★★★

    グレン・パウエルとシドニー・スウィーニーという今最も勢いに乗っているふたりが組むのが、最大の見どころ。だが、シェイクスピアの「から騒ぎ」を元にしたというストーリーに新鮮さはなし。肌を露出させ、性的なジョークを入れるのが現代風ということ?せりふも陳腐で、感動を狙うロマンチックなシーンでのスウィーニーのせりふも予想通りだった。主演のふたりは魅力的で頑張っているが、できることは限られている。ただ、最近Netflixが量産しているロマコメに比べて劣るわけでもないので、星は3つ。このジャンルの劇場用映画がほぼ消滅しているだけに、このヒットが優れたロマコメ映画の製作に繋がりますようにとの祈りも込め。

  • 無名
    結末を知った上でまた見直したくなる
    ★★★★

    とにかくゴージャスな映画。カメラアングル、照明、プロダクションデザイン、衣装、俳優たち、すべて美しい。俳優たちのせりふや行動にある「間」も、独特の雰囲気を高める。その一方、アクションシーンは迫力満点。ここではスタイリッシュ感を捨て、リアルで泥臭く、血生臭いシーンが展開される。時系列に従わず、前後を行ったり来たりする、パズルのようなストーリーの語り方も効果的。最初は少しとまどうかもしれないが、次第にチェン・アー監督の意図がわかってきて、最後はなるほどと感心。結末を知った上で、見逃していたディテールを拾うためにもう一度見たくなる。ワン・イーボーとトニー・レオンは演技、魅力とも抜群。

  • エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命
    最初から最後まで感情に満ちた一大悲劇
    ★★★★

    なんとも痛ましい本当の話。見終わってからもしばらくやるせなさが心に残る。ユダヤ系の家族に生まれた6歳の少年が、くだらない理由で家族から引き離されてしまい、教会のお膝元でカトリック教徒として育てられていくのだ。宗教の名のもと、権力を使って誰かのアイデンティティを奪うとは本当に残酷。面会に来た母に「家に帰りたい」と泣きつく幼いエドガルドの姿には涙し、裁判のシーンでは思わず手を握るが、本当に強烈なのは終わり近く。イタリアの歴史上重要な時代を背景に、人に焦点を当てるこの映画は、ある意味オペラ的。両親にとっては時間との戦いでもあり、緊張感もある。84歳の大ベテラン、ベロッキオの手腕に拍手。

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