トランス (2013):映画短評
トランス (2013)複雑なストーリーを映像の力だけで描く見事な手腕
高額な美術品を狙った、いわゆる「トプカピ」的な泥棒映画なのかと思いきや、ストーリーは徐々に全く違う方向へ。盗んだ絵画を隠した若者サイモンが怪我のショックで記憶を失い、催眠療法を使って彼の記憶を探っていく辺りから、物語は人間の深層心理と思い込みの摩訶不思議を解明するサイコロジカルなサスペンスへと変貌し、最終的にはラブトライアングル的なマインドゲームに発展していく。これほどまで最初と最後の印象が異なる映画もそうそうないだろう。
何よりも見事なのは、余計なセリフや説明に頼ることなく映像の力だけで、この非常に入り組んだ複雑なストーリーを明快に描いていくダニー・ボイル監督の演出。見逃してしまいがちなくらいに細かな伏線やヒントがちゃんと生かされ、なおかつ鮮やかに繋がっていく過程は本作の醍醐味と言えるだろう。
さらに、主人公の3人が物語の進むに従って最初とはまるで真逆な別の顔を覗かせ、その多面性がドラマにさらなる奥行きを与える。技法に偏るというこの種の作品の陥りがちなミスを犯さず、人間という存在の確実性と不確実性を描ききったボイル監督の手腕は賞賛に値する。